とも相談されたものであることを悟った。かっと血が頭に上った。しかし我慢をして冷やかに言った。
「何も急がなくたっていいよ。」
 ディーネルは身体をぎくりとさした。そういう無遠慮が癪《しゃく》にさわったのだった。
「なに、急がなくってもいいって!」と彼は言った。「用があるのに……。」
 クリストフは相手をまともにながめた。
「なあに。」
 大きな青年は眼を伏せた。彼はクリストフにたいして自分がいかにも卑怯《ひきょう》だという気がしたので、クリストフを憎んだ。そして不機嫌《ふきげん》そうにつぶやきだした。クリストフはそれをさえぎった。
「こうなんだ、」と彼は言った、「君も知ってるだろう……。」
(この君[#「君」に傍点]というような言葉使いにディーネルは気を悪くしていた。彼は最初の一言から、クリストフとの間にあなた[#「あなた」に傍点]という垣根《かきね》をこしらえようと、いたずらに努力していた。)
「僕がこちらへやって来た訳を。」
「ええ、知っている。」とディーネルは言った。
(クリストフの逃亡とその追跡とを、彼は通信によって知っていた。)
「それでは、」とクリストフは言った、「僕が遊びに来たのでないことも知ってるだろう。僕は逃げなきゃならなかったんだ。ところが今無一物なんだ。生活しなくちゃならないんだ。」
 ディーネルは要求を待っていた。そしてその要求を、満足と困却との交った気持で聞いた――(なぜなら、クリストフにたいする優越感を得られるので満足だったが、その優越感を思うまま相手に感じさせかねたので困却した。)
「ああ、それは困ったな、」と彼はもったいぶって言った、「実に困った。こちらでは生活が容易じゃない。万事高い。僕のところでも何かと入費が多い。そしてあの店員全部が……。」
 クリストフは軽蔑《けいべつ》の様子でそれをさえぎった。
「僕は君に金銭を求めやしないよ。」
 ディーネルは狼狽《ろうばい》した。クリストフはつづけて言った。
「景気はどうだい? 得意があるかね。」
「ああ、ああ、悪くはない、おかげさまで……。」とディーネルは用心深く言った。(彼は半信半疑だった。)
 クリストフは激しい眼つきを注いで、言い進んだ。
「君はドイツの移住者をたくさん知ってるかい?」
「ああ。」
「では、僕のことを吹聴《ふいちょう》してくれたまえ。皆音楽は好きなはずだ。子供がある
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