そして実際に国家は、それを顧客らにかならず振りまいていた。権力者の子や甥《おい》や縁故の者や部下などに、名誉と仕事とをおごってやった。議員らは歳費の増額をみずから投票していた。財産や地位や肩書など国家のあらゆる資源が、ほしいままに濫費されていた。――そして、上層の実例の痛ましい反響として、下層には怠業が起こっていた。祖国にたいする反抗を教える小学教員、手紙や電報を焼く郵便局員、機械の歯車仕掛けに砂や金剛砂を投げ込む工場職工、造兵廠《ぞうへいしょう》を破壊する造兵職工、焼かれる船舶、労働者自身の手によってなされる恐るべき労働の浪費――富者の破壊ではなく、世界の富の破壊であった。
この仕事を確認するために、選ばれたる知者らが、民衆のこの自殺的行為を、幸福にたいする神聖なる権利という名において、理性と権利との上に立脚せしめて喜んでいた。病人めいた人道主義は、善悪の差別を無視し、罪人の「責任なき神聖なる」人そのものにたいして憐憫《れんびん》の情を寄せ、罪悪の前に平伏して罪悪に社会を委《ゆだ》ねていた。
クリストフはこう考えた。
「フランスは自由というものに酔っている。狂乱を演じたあとで酔い倒れてしまうだろう。そして眼を覚《さ》ます時には、拘留所にぶち込まれてるだろう。」
この過激民主政のうちで、最もクリストフの気を害したことは、明らかに根底の不確実な連中によって最も悪い政治的暴逆が冷やかになされるのを、目撃することであった。かかる浮薄な徒輩と、彼らがなしもしくは許してる苛酷《かこく》な行為との間には、あまりに厚かましい不均衡が存在していた。彼らのうちには二つの矛盾したものがあるようだった。すなわち何物をも信じない不安定な性質と、何物にも耳を傾けずにただ人生をかき回す理屈癖の理性と。種々の方法でいじめつけられてる平和な市民やカトリック教徒や将校などが、なぜ彼らを放逐しないのかしらと、クリストフは怪しんだ。そして彼は何にも隠すことができなかったので、ルーサンは容易に彼の考えを推知した。ルーサンは笑い出して言った。
「もちろんそれは、君か僕か、とにかくわれわれがやることでしょう。しかし彼らにはなかなかやれはしない。少しの断固たる決心もできない憐《あわ》れな奴どもです。ただ答え返すのがうまいばかりです。倶楽部《クラブ》のために馬鹿《ばか》になり、アメリカ人やユダヤ人に身を売
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