と、通俗大学にも芸術を普及させること、博愛的事業や児童心理学などに従事すること――それも大した熱心や深い興味をもってではなく――たえずある学科を暗誦《あんしょう》せんとし自分の知識を自負してる教育ある若い女に見るような、無邪気な衒学《げんがく》心、それからまた、生来の温良な性質、気取りたい性質、などが入り交った心持をもってであった。彼女はただ何かをしないではおれなかった。しかし自分のしてる事に興味をもつ必要はなかった。いつも指先に編み物をもてあそんでしきりなしに針を動かし、あたかも世界の安危はその用もない仕事にかかってるとでもいうようなふうをしてる婦人が、世にはよくあるものだが、ちょうどそういう熱中的な仕事ぶりに彼女のも似ていた。そしてまた彼女のうちには――「編み物をする女」と同じく――自分を手本として他の女に教えをたれる、正直な婦人の小さな虚栄心があった。
 代議士は彼女にたいして温《あたた》かい軽蔑《けいべつ》心をいだいていた。彼が彼女を妻に選んだのは、彼の快楽と安静とに好都合だった。彼女は美しかった。彼はその美を享楽して、それ以外は何にも彼女に求めなかった。彼女も彼にそれ以上を求めなかった。彼は彼女を愛し、しかも彼女を欺いていた。彼女は自分の分け前さえ得れば、そんなことには平気だった。おそらくある種の興味を見出してさえいたのだろう。彼女は冷静で肉感的であった。妾嬖《めかけ》の心ばえをそなえていた。
 彼らには四、五歳になるきれいな児《こ》が二人あった。そして彼女は、夫の政治や流行および芸術の最近の傾向などに気をつけるのと、同じかわいい冷やかな勉励さで、家庭の賢母として子どもの世話をしていた。そういう中にあって彼女は、進んだ理論や極度に頽廃《たいはい》的な芸術や世態の動揺や市民的感情などの、最も不思議な混和体を形造っていた。
 彼らはクリストフを自宅に招待した。ルーサン夫人はりっぱな音楽家で、みごとにピアノをひいた。微妙な確実な手をもっていた。小さな頭を振りたてて鍵《キー》を見つめ、鍵の上に両手を躍《おど》らしながら、牝鶏《めんどり》がくちばしで物を突っついてるような様子だった。音楽にかけて多くのフランス婦人よりも天分に富み教養が深くはあったが、もとよりその深い意味にはまったく無関心だった。音楽は彼女にとって、音と律動《リズム》と調子との連続であって、彼女はそれ
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