肩を怒らしなさるの。なぜ顔をしかめなさるの?」
「不快だからです。」
「まあひどいわ。」
「不品行の話でもするような調子で、音楽のことを言われるのを聞くのは、私は不快です。……しかし、それはあなたが悪いのではない。あなたの世界が悪いからです。あなたをとり巻いてるこの無趣味な社会は、芸術を一種の許された道楽だと見なしている。……さあ、おすわりなさい。奏鳴曲《ソナタ》をひいてごらんなさい。」
「でも、もう少し話しましょう。」
「私は話をしに来てるのではありません。ピアノを教えに来てるのです。……さあ、やりましょう。」
「御親切ね!」とコレットは当惑して言った。――心のうちでは、かくひどい取り扱いを受けたのがうれしかった。
 彼女はできるだけ努めて稽古《けいこ》の曲を弾《ひ》いた。そして器用だったので、かなりにひけたし、時とすると上手《じょうず》にひけることもあった。クリストフはそれにごまかされはしなかった。「何にも感じていないくせに、よく感じてるかのようなひき方をしてる、このずるい小娘」の巧みさを、心の中で笑っていた。それでもやはり、心うれしい同情を感じないでもなかった。コレットの方では、ピアノの稽古《けいこ》よりも話の方がずっと面白かったので、あらゆる口実を捜しては話をしようとした。クリストフは、思ってることを言えば不快を与える恐れがあるという口実で、話をすまいとしたが駄目《だめ》だった。彼女はいつでも彼に思ってることを言わしてしまった。そしてそれがひどいことであればあるほど、ますます彼女は腹をたてなかった。彼女にとっては一つの娯楽だった。しかしこの機敏な小娘は、クリストフが誠実を最も愛してることを感じていたので、勇ましく言いさからって、頑固《がんこ》に議論をした。そして二人はいつも仲よく別れた。

 けれどももしそのままでいったら、クリストフはかかる客間的な友誼《ゆうぎ》になんらの幻をもかけなかったろうし、少しの親交も二人の間には生じなかったろう。ところがある日コレットは、誘惑したい本能と不意の出来心とで、彼にいろんなことをうち明けた。
 前日、彼女の両親は自宅で招待会を催した。彼女は狂人のように笑いしゃべりふざけた。しかし翌朝になって、クリストフが稽古を授けに来た時には、彼女はがっかりして、顔だちにはしまりがなく、顔色は曇り、不機嫌《ふきげん》だった。ろくに口もき
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