一世紀が、それから立ちのぼっていた。クリストフは今この書物といっしょにいると、いくらか孤独の感が薄らいだ。
 彼は最も痛ましいところを開いた。

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 それ人の世に在るは、絶えざる戦闘《たたかい》に在るがごとくならずや。またその日々は、傭人《やといびと》の日々のごとくならずや。……
 我|臥《ふ》せばすなわち言う、何時《いつ》我起きいでんかと。起きぬれば夕を待ちかねつ。夜まで苦しき思いに満てり。……
 わが牀《とこ》は我を慰め、休息《やすらい》はわが愁《うれ》いを和らげんと、我思いおる時に、汝は夢をもて我を驚かし、異象《まぼろし》をもて我を懼《おそ》れしめたまう。……
 何時《いつ》まで汝我を容《ゆる》したまわざるや。息をする間だに与えたまわざるや。我罪を犯したるか。我汝に何をなしたるか、おお人を護《まも》らせたまう者よ。……
 すべては同じきに帰す。神は善と悪とを共に苦しめたまう。……
 よしや我彼が御手に殺さるるとも、我はなお、彼に希《のぞ》みをかけざるを得ざるなり。……
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 かかる無限の悲しみが不幸な者にたいしてなす恵みを、卑俗な心の人々は理解することができない。すべて偉大なるものは善良である。悲しみもその極度に達すれば、救済に到達する。人の魂を挫《くじ》き悩まし根柢から破壊するものは、凡庸《ぼんよう》なる悲しみや喜びである。失われた快楽に別れを告げる力もなく、あらゆる卑劣な行ないをして新たな快楽を求めんとひそかにたくらむ、利己的な浅薄な苦しみである。クリストフは古い書物から立ちのぼる苛辣《からつ》な息吹《いぶ》きに、元気づけられた。シナイの風が、寂寞《せきばく》たる曠野《こうや》と力強い海との風が、瘴癘《しょうれい》の気を吹き払った。クリストフの熱はとれた。彼はずっと安らかにふたたび床について、翌日まで一息に眠った。眼を覚ました時には、もう昼になっていた。室の醜さがさらにはっきり眼についた。自分の惨めさと孤独さとが感ぜられた。しかし彼はそれらをまともにながめやった。落胆は消えていた。もう男らしい憂鬱《ゆううつ》が残ってるのみだった。彼はヨブの言葉をくり返した。

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 よしや我神の御手に殺さるるとも[#「よしや我神の御手に殺さるるとも」に傍点]、我はなお[#「我はなお」に傍点]、神に[#「神に
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