さ。」
「これがフランスだ。」とコーンは言った。
「そんなことがあるものか。」とクリストフは言った。「フランスはこんなものじゃない。」
「フランスもドイツと同じだ。」
「僕はそう思わない。こんなふうの国民なら、長くはつづくまい。もう腐った臭《にお》いがしてるから。まだ他に何かあるに違いない。」
「これ以上のものは何もないんだ。」
「他に何かあるはずだ。」とクリストフは強情を張った。
「そりゃあ、かわいい魂の人たちもいるし、」とシルヴァン・コーンは言った、「そういう人たちのための芝居もあるさ。君はそんなのが見たいのかい。それじゃ見せてあげてもいい。」
 彼はクリストフをフランス座へ連れていった。

 その晩は、法律問題を取り扱った散文の近代劇が演ぜられていた。
 クリストフには最初からして、どういう世界でそれが起こってるのかわからなかった。俳優らの声はこの上もなく豊量で緩《ゆる》やかで荘重で厳格だった。あたかも言葉づかいの稽古《けいこ》をでも授けるかのように、あらゆる綴《つづ》りを皆発音していた。悲しい吃逆《しゃくり》とともにたえず十二音脚をふんでるかと思われた。所作は荘厳でほとんど神前の儀式めいていた。ギリシャの寛袍《かんぽう》のように仮衣をまとった女主人公が、片腕を挙げ、頭をたれて、やはりアンチゴーネらしい演じ方をしていた。そして持ち前の美しいアルトの最も奥深い音をまろばしながら、永久の献身を示す微笑をたたえていた。りっぱな父親は、痛ましい品位を示し、黒衣のうちに浪漫主義《ロマンチズム》の気味を見せて、剣術者めいた足取りで歩いていた。色男の立役者は、冷やかに喉《のど》をひきつらして涙をしぼっていた。一編の作は悲劇物語めいた文体で書かれていた。抽象的な言葉、お役所的な形容、官学的な比喩《ひゆ》などばかりだった。一つの動きもなければ、不意の叫びもなかった。始めから終わりまで時計のような組み立て、固定した題目、劇的図形、戯曲の骸骨《がいこつ》であって、その上にはなんらの肉もなく、ただ書物的文句をつけてるのみだった。大胆らしく見せかけようとしたその議論の底には、臆病《おくびょう》な観念が潜んでいた。様子ぶった小市民の魂だった。
 女主人公は、一人の子どもを設けてるつまらない夫と離婚して、愛してる正直な男に再婚したのであった。かかる場合においてさえ離婚は、偏見によってもそう
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