ていた。
しかし、クリストフの妄言《ぼうげん》に最も憤慨したのは、ファゴットのスピッツであった。彼はその音楽上の本能的|嗜好《しこう》をよりも、生来の屈従的精神をさらにはなはだしく傷つけられた。ローマのある皇帝は、立ちながら死にたがったこともあったが、スピッツは彼の平素の姿勢どおり、腹|匐《ば》いに平伏して死にたがっていた。腹匐いが彼の生来の姿だった。すべて官僚的なもの、定評あるもの、「成り上がった」もの、そういうものの足下にころがって歓《よろこ》んでいた。そして奴僕《どぼく》の真似《まね》をすることを邪魔されると、我れを忘れていらだつのだった。
それゆえに、クーは慨嘆し、ワイグルは絶望的な身振りをし、クラウゼは取り留めもないことを言い、スピッツは金切り声で叫んでいた。しかしクリストフは自若として、さらにいっそう声高にしゃべりたて、ドイツとドイツ人とに関するひどい意見を述べていた。
隣りの食卓で一人の青年が、笑いこけながらそれに耳を傾けていた。縮らしたまっ黒な髪、怜悧《れいり》そうな美しい眼、太い鼻、しかもその鼻は、先端近くになって、右へ行こうか左へ行こうか決しかねて、まっすぐに
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