圧服されていた。――彼女はやり直した。一連の歌曲《リード》をことごとく、一つの表情をも一つの速度をも変えないで歌った。なぜなら、彼が何物をも仮借《かしゃく》しないだろうと感じていたから。そして、またしても侮辱を受けやすまいかと考えては戦《おのの》いていた。
彼女が歌い終わると、聴衆は熱狂して呼び返した。彼らが喝采《かっさい》してるのは、歌曲《リード》をではなかった――(彼女がたとい他の曲を歌ったのであっても、彼らは同じように喝采しただろう)――名高い老練な歌手をであった。彼女は賞賛しても安全であると彼らは知っていた。そのうえ侮辱の結果を償ってやるつもりもあった。歌手が間違えたのだということを漠然《ばくぜん》と悟っていた。しかしクリストフがそれを皆の前にさらけ出したのは、恥知らずな仕業だと考えていた。彼らはそれらの楽曲を繰り返させようとした。しかしクリストフは断固としてピアノを閉じてしまった。
彼女はその新たな無礼に気づかなかった。あまりに惑乱していて、ふたたび歌おうとは思っていなかった。急いで舞台から出て、自分の室に引きこもった。そこで十五分ばかりの間、心中に積もり重なった恨みと怒
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