は自分から、ますますよい材料を提供していった。自分が将《まさ》に批評にのぼせられようとしている時に、他人を批評するくらい無謀なことはない。もっと巧みな芸術家なら、敵にたいしてもっと尊敬を示したであろう。しかしクリストフは、凡庸《ぼんよう》にたいする軽蔑《けいべつ》と自身の力を信ずる幸福とを隠すべき理由を、少しも認めなかった。そしてその幸福の情をあまりに激しく示した。彼は近ごろ、胸中を披瀝《ひれき》したい欲求に駆られていた。自分一人で味わうにはあまりに大きな喜びだった。他人に喜悦を分かたないならば、胸は張り裂けるかもしれなかった。でも友人がないので、心を打ち明ける相手として、管絃楽の同僚で第二楽長をしてるジーグムント・オックスを選んだ。ウルテムベルヒ生まれの青年で、根は善良だが狡猾《こうかつ》で、クリストフにあふれるばかりの敬意を示していた。クリストフはこの男を疑ってはいなかった。もし疑ったにしたところで、自分の喜びを、赤の他人にまた敵にまでも打ち明けるのは不都合だと、どうして考え得たろう? 彼らはむしろそれを彼に感謝すべきではなかったか。彼は味方と言わず敵と言わず、万人に喜びを伝えよう
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