らのことに少しも気づかなかった。駄々《だだ》っ児《こ》の恩知らずな心をもって、母体から受けた武器を母体に差し向けていた。あとになって、あとになってこそ、彼は初めて感ずるに違いない、母体に負うところがいかに多いかを、自分にとってその母体がいかに貴いものであるかを……。
しかし彼は今、おのれの幼年時代の偶像にたいする盲目的な反動の時期にあった。彼はそれらの偶像を憎み、自分が夢中になって信仰したことを偶像に向かって恨んでいた。――そして彼がそうあるのはいいことであった。生涯《しょうがい》のある年代においては、あえて不正であらなければいけない。注入されたあらゆる賛美とあらゆる尊敬とを塗抹《とまつ》し、すべてを――虚偽をも真実をも、否定し、真実だと自分で認めないすべてのものを、あえて否定しなければいけない。年若い者は、その教育によって、周囲に見聞きする事柄によって、人生の主要な真実に混淆《こんこう》している虚偽と痴愚とのきわめて多くの量を、おのれのうちに吸い込むがゆえに、健全なる人たらんと欲する青年の第一の務めは、すべてを吐き出すことにある。
クリストフはこの強健な嫌悪《けんお》を事とする
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