母は彼の様子を一通り見調べて、襟《えり》飾りをきちんと結び直してやった。彼はいつになくゆっくりしていた。なぜなら自分に満足していたから――そしてそれも、滅多にないことだった。出かけながら彼は、アデライド姫を誘拐《ゆうかい》しに行くのだと言った。それは大公爵の令嬢で、かなりきれいだった。ドイツのある小貴族に嫁しているが、数週間両親のもとへ帰って来ていた。昔クリストフが子供であったおり、彼に多少の同情を示してくれたことがあった。そして彼は彼女を好んでいた。ルイザは彼が恋してるのだと称していた。そして彼も冗談に、恋をしていた。
彼は早く官邸へ行きつこうともしないで、商店の前をぶらついたり、往来に立ち止まって馴染《なじ》みの犬の頭をなでてやったりした。犬も彼と同様に呑気《のんき》で、日向《ひなた》にねそべって欠伸《あくび》をしていた。彼は官邸の広場をめぐらしてる無役な鉄柵《てつさく》を飛び越した。――寂しい広い方形の地で、建物にとり囲まれ、水の涸《か》れてる二つの噴水があり、額《ひたい》の皺《しわ》のような一本の径《みち》で分かたれてる、木陰のない同形の二つの花壇があった。径には砂がかきなら
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