めて困難になり、相互の軽蔑《けいべつ》がきわめて容易となる。真実は各民衆を通じて同一である。しかし各民衆はおのれの虚偽をもっていて、それをおのれの理想と名づけている。その各人が生より死に至るまで、それを呼吸する。それが彼にとっては生活の一条件となる。ただ数人の天才のみが、おのれの思想の自由な天地において、男々《おお》しい孤立の危機を幾度も経過した後に、それから解脱することを得る。
つまらないふとした機会が、ドイツ芸術の虚偽をクリストフに突然開き示した。この虚偽に彼がその時まで気づかなかったのは、それを眼前に目撃することがなかったからではない。否彼はあまりにそれに接しすぎていて、適当の距離を有しなかった。しかるに今や山から遠ざかったので、その山が見えてきた。
彼は市立音楽堂の音楽会に臨んでいた。茶卓が十一、二列――二、三百ばかり並んでる広間だった。奥に舞台があって、そこに管絃楽団が控えていた。クリストフのまわりには、薄黒い長い上着をきちっとまとった将校連中! 髯《ひげ》を剃《そ》った、赤い、真面目《まじめ》な、俗気たっぷりの、大きな顔の連中、それから、例の誇張癖を発揮して、盛んに談
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