吹く。」彼の心の風はその方へ吹かなかった。そして、恋愛がないのに恋愛の真似《まね》をすることは、彼のかつて思いもつかないことだった。
 コリーヌは彼の冷たい様子を面白がっていた。もって来た種々の楽曲を彼がひいてる間、彼女は彼のそばにピアノの前にすわって、彼の首に裸の腕をまきつけ、音楽をよく聞くために鍵盤《キイ》の方へかがみ込んで、自分の頬をほとんど彼の頬《ほお》にくっつけるほどにした。彼は彼女の睫毛《まつげ》が触れるのを感じ、また、その嘲るような眸《ひとみ》の片隅や、愛くるしい鼻つきや、もち上がった唇《くちびる》の細かい産毛《うぶげ》などを、自分のすぐそばに見た。その唇は微笑《ほほえ》みながら待っていた――彼女は待った。クリストフにはその誘いがわからなかった。コリーヌは自分の演奏を邪魔してる、というのが彼の考えのすべてだった。機械的に彼は身を引いて、椅子《いす》を横の方へずらした。そして間もなく、コリーヌの方へ振り向いて話しかけようとすると、彼女の笑いたくてたまらないような様子が眼についた。その頬の笑靨《えくぼ》は笑っていた。彼女は唇をきっと結んで、放笑《ふきだ》すまいと一生懸命に我慢
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