少しもわからなかった。彼女はまたフランスの俗謡を一つ歌った。それから回教徒にならって、祈祷《きとう》時間を告げる真似をした、――薄暮になりかかっていた。二人は会堂の中に降りていった。濃い闇影《あんえい》が大きな壁にはい上がっていた。壁の上方には窓ガラスの怪しい眸《ひとみ》が光っていた。クリストフがふと見ると、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]見物に桟敷を共にしたあの若い女が、片側の礼拝所にひざまずいていた。彼女は祈祷に我れを忘れて、彼の姿に気づかなかった。悲しい切ない表情をしていた。彼はそれに心打たれた。なんとか言葉をかけたかった。少なくとも挨拶《あいさつ》だけなりとしたかった。しかしコリーヌは彼を急《せ》きたてて引っ張っていった。
 二人はやがて別れた。ドイツの習慣として開演の時間が早いので、彼女はその準備をしなければならなかった。彼は家に帰った。するとほとんどすぐに、使の者がコリーヌの手紙をもって来た。

[#ここから2字下げ]
 ありがたい。ゼザベルが病気。芝居お休み。稽古《けいこ》おやめ。……ねえ、いらっしゃい。いっしょに御飯を食べましょう。
[#ここで字下げ終わり]
[#地
前へ 次へ
全527ページ中211ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング