ピアノの上にのっていた、傍《かたわ》らの室ではオフェリアが、ただ騒ぐのが面白さに、子供のように声を張り上げて歌っていた。訪問者があるのを告げられると、彼女はちょっと歌をやめて、壁の向こうまで聞こえても構わないような、快活な声で尋ねた。
「なんの用だろう? どういう名前なの?……クリストフ……クリストフそれから?……クリストフ・クラフトだって……おかしな名前だこと!」
 (彼女はリ[#「リ」に傍点]やラ[#「ラ」に傍点]の音をひどく口の中でころがしながら、二、三度その名前をくり返した。)
「まるで悪口《わるくち》の言葉のようだわ……。」
 (彼女こそ悪口を一つ言ったのだ。)
「若い人、それとも年寄り?……よさそうな人なの?……そんならいいわ、行ってみよう。」
 彼女はまた歌いだした。
 ――吾《わ》が恋よりもやさしきものは世にあらじ……
 歌いながら、室じゅうをかき回し、散らかった物の中にはいり込んだ鼈甲《べっこう》の留め針を、ののしりちらした。じれったがって、怒鳴りだし、獅子《しし》のように猛《たけ》りたった。クリストフにはその姿は見えなかったけれど、壁越しに彼女の身振りを一々想像して
前へ 次へ
全527ページ中194ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング