しのけて席を取った。それはちょっとの間のことだった。多くの人々はぶつぶつ言いながら身を避けた。腰掛の端にすわっていた一人の老人は、そう早く退《ど》くことができなかった。彼は兵士らから腰掛をもち上げられて、哄笑《こうしょう》のうちに引っくり返った。クリストフは憤然と立ち上がった。しかし将《まさ》に口を出そうとすると、老人はようよう起き上がって、不平を言うどころか、やたらに謝《あやま》ってばかりいた。二人の兵士がクリストフのテーブルへやって来た。彼は拳《こぶし》を握りしめて彼らが近づくのをながめた。しかし防御の要はなかった。二人の兵士は、格闘者のように大きな人のいい奴らで、一、二の無鉄砲者のあとから従頓についてきて、その真似《まね》をしようとしてるのだった。彼らはクリストアの昂然《こうぜん》たる様子に気おくれがした。クリストフは冷やかな調子で言ってやった。
「僕の席です。」
 すると彼らは急いで詫《わ》びて、邪魔にならないように腰掛の端へ退いた。クリストフの声に首長らしい抑揚があったので、本来の服従心が強く働いたのだった。クリストフが百姓でないことを彼らはよく見て取っていた。
 クリストフはその従順な態度に多少心が静まって、いっそうの冷静さで観察することができた。兵士らは一人の下士に率いられてることが、容易に見て取られた。きびしい眼をした小さなブルドッグみたいな男で、偽善的な意地悪な奴僕的な顔をしていた。先の日曜日に大|喧嘩《げんか》をした豪傑連の一人だった。彼はクリストフの隣りのテーブルにすわり、もう酔っ払いながら、人々の顔をじろじろながめては、ひどい毒舌を投げつけていた。人々は聞こえないふうをしていた。彼はことに、踊ってる男女に鉾先《ほこさき》を向けて、その身体の美点や欠点を、破廉恥な言葉で述べたてた。連中はそれでどっと笑った。娘らは真赤《まっか》になって、眼に涙を浮かべていた。青年らは歯をくいしばって、無言のうちに憤っていた。攻撃者の眼は徐々に室内を一巡して、一人をも見のがさなかった。クリストフは自分の番になってくるのを見て取った。彼はコップをつかんだ。ちょっとでも侮辱の言を発したらその頭にコップを投げつけてやるつもりで、テーブルの上に拳をすえて待ち受けた。彼はみずから言っていた。
「俺《おれ》は狂人だ。出かけた方がましだ。腹をえぐられるようなことになるだろう。そしてもしのがれても、牢屋《ろうや》にぶちこまれるかもしれない。わりに合わない話だ。喧嘩をしかけられないうちに出かけよう。」
 しかし彼の傲慢《ごうまん》心はそれを拒んだ。こういう奴どもから逃げ出すふりをしたくなかった。――陰険|暴戻《ぼうれい》な眼つきは彼にすえられた。彼は堅くなって、憤然とにらみ返した。下士はちょっと彼を見調べた。クリストフの顔つきにおかしくなった。隣りの兵士を肱《ひじ》でつっついて、冷笑しながら青年を指《さ》し示した。そして早くも、口を開いて毒づこうとしかけた。クリストフは腹をすえて、コップを発止と投げつけようとした。――がこんども、偶然に助けられた。酔漢が口をきこうとしたとたんに、一組のへまな踊り手が彼に突き当たって、そのコップを下に落とさした。彼は猛然と振り向いて、盛んにののしり散らした。彼の注意はそちらにそらされてしまった。彼はもうクリストフのことを考えていなかった。クリストフはなお数分間待った。それから、相手がもう悪口を言い出そうとしないのを見て取ると、立ち上がって、静かに帽子を取り、扉《とびら》の方へゆっくり歩いていった。彼は相手がすわってる腰掛から眼を離さないで、逃げ出すのではないことを感じさせようとした。しかし下士はすっかりクリストフのことを忘れていた。だれもクリストフに気を配ってる者はなかった。
 彼は扉のハンドルを回した。も少しで外に出るところだった。しかし無難では出られない運命にあった。室の奥に騒ぎがもち上がっていた。兵士らは酒を飲んだあとに、こんどは踊ろうとしていた。娘たちにはそれぞれ相手の男があったので、兵士らはその男どもを追い払った。男どもはなされるままになった。しかしロールヘンは言うことをきかなかった。クリストフの気に入った勇ましい眼つきと意志の強そうな頤《あご》とを、彼女は無駄《むだ》にもってるのではなかった。彼女が狂気のように踊ってる時、彼女を選んだ下士は、彼女からその相手の男を奪いに来た。彼女は足を踏み鳴らし、叫びたて、下士を押しのけながら、こんな無骨者と踊るものかと言いたてた。下士は追っかけてきた。彼女が人々の後ろに隠れると、彼はその人々をなぐりつけた。ついに彼女はテーブルの後ろに逃げ込んだ。そこでちょっと彼の手からのがれると、息をついてののしりだした。彼女は抵抗してもなんの役にもたたないことを知っていた。癇癪
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