ずから怪しんでいた。ところがついに了解した。老人は苦情を述べつくしたあとで、他の問題に移っていった。自分の所でできるもの、野菜や飼い鳥や卵や牛乳などを、上等だと自慢した。そしてだしぬけに、官邸を顧客《とくい》にしてもらえまいかと尋ねた。クリストフははっとした。
――どうして知ってるのかしら?……俺《おれ》のことを知ってるのかな。
――そうだとも、と老人は言っていた、なんでも知れるものさ……。
だが次のことは口にしなかった。
――……自分で骨折って調べる時には。
クリストフは意地悪い喜びを感じながら、「なんでも知れる」にもかかわらず、自分があの小宮廷と仲|違《たが》いをしたこと、昔は官邸の大膳《だいぜん》局や厨房《ちゅうぼう》に信用を得ているとの自惚《うぬぼ》れがあったにしろ――(それをも実は疑っていた)――その信用も今では没落してしまってること、などは知られてやすまいと教えてやった。老人はかすかに口元をしかめた。それでも落胆はしなかった。ちょっと間をおいてから、せめて某々の家庭に紹介してもらえまいかと尋ねた。そしてクリストフが関係のある家庭を皆列挙した。市場で正確に聞きただしておいたのである。クリストフはそういう探索を怒り出すはずだったが、しかしこの老人がいかに狡猾《こうかつ》でも結局は馬鹿をみるにすぎないだろうと考えて、むしろ笑い出したくなった。(老人は自分の求めてる紹介が、新しい顧客を得るよりも在来の顧客を減らすに役だつような紹介であることを、ほとんど気づかないでいた。)それでクリストフは、老人がその粗雑なくだらない奸計《かんけい》を、無駄《むだ》に頭からしぼり出しつくすのを放っておいた。そして否とも応とも答えなかった。しかし百姓はしつこく言いたてた。取って置きのクリストフ自身やルイザの方へ鉾先《ほこさき》を向けて、牛乳やバタやクリームを無理にも押しつけようとした。クリストフは音楽家だから、朝晩に新しい生卵をのむくらい声にきくものはないと、言い添えた。生み立てのぽかぽかした卵を差し上げようと、盛んにすすめた。クリストフは老人から歌手だと思われたことを考えて、放笑《ふきだ》した。百姓はそれにつけ込んで、も一本酒を取り寄せた。それから彼は、クリストフから当座引き出し得るものは皆引き出してしまったので、そのままぶっきら棒に立ち去っていった。
夜になっていた。踊りはますます活気だってきた。ロールヘンはもはやクリストフに注意を向けていなかった。村のある馬鹿な若者の方へ、頻繁《ひんぱん》に振り向かなければならなかった。それは豪農の息子で、すべての娘たちの争いの的となっていた。クリストフはその競争を面白がった。娘たちはたがいに微笑み合い、また喜んで引っかき合っていた。お坊ちゃんのクリストフは夢中になって見ていた。そしてロールヘンの勝利を願っていた。しかしその勝利が得られると、少し悲しい気がした。それをみずからとがめた。彼はロールヘンを愛していなかったし、彼女が自分の好きな者を愛するのは当然だった。――もちろんそうである。しかしながら、一人ぽっちだという気持は愉快なものではなかった。ここにいるすべての人々は、彼を利用して次に彼を嘲笑《あざわら》うためにしか、彼に興味をつないではしなかったのである。彼は溜息《ためいき》をついた。ロールヘンをながめながら微笑んだ。ロールヘンは、競争者たる他の娘どもを憤らせる喜びで、平素よりはるかに美しくなっていた。彼は帰ろうと思った。もう九時近くだった。町へ帰るには、たっぷり二里ほどは歩かなければならなかった。
彼がテーブルから立ち上がりかけると、扉《とびら》が開いた。十人ばかりの兵士が、どやどやはいり込んできた。そのために室の中が白《しら》けわたった。人々はささやきだした。踊っていた男女の幾組かは、その踊りをやめて、新来者に不安な眼を注いだ。扉の近くに立っていた百姓は、わざと兵士らへ背中を向けて、自分たちだけで話をしだした。しかし様子にはそれと見せないで、用心深く身をよけて、兵士らを通らした。――先ごろから、町の周囲にある要塞《ようさい》の守備兵らと、土地の者らは暗闘を結んでいたのである。兵士らは退屈でたまらないので、百姓らに向かってその鬱憤《うっぷん》を晴らしていた。百姓らを無遠慮に嘲笑し、ひどくいじめつけ、その娘らにたいしては、征服地におけると同様の振舞いをしていた。前週なんかは、酒に酔った兵士らが、隣村の祭礼を騒がして、一人の小作人を半殺しにした。クリストフはそれらのことを知っていたので、百姓らと同じ心持になっていた。そしてふたたび席につきながら、どういうことが起こるかを待った。
兵士らは厭《いや》な様子で迎えられたのを気にもかけずに、ふさがってるテーブルへ騒々しくやって行き、人々を押
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