足な心でながめた。クリストフは水に陥っていた。人々はそれぞれ力を尽くして、彼の頭を下に押し沈めようとした。
 彼らは皆いっしょになって彼へ飛びかかっては来なかった。ある者が最初に陣地を探るため攻撃してきた。クリストフが応戦をしないので、彼はさらに攻撃を重ねた。すると他の者らもついて来た。それから全隊が進んで来た。ある者らは、美しい場所に汚物を残して面白がる若い犬のように、単なる楽しみからその騒ぎに加わっていた。それは無能な新聞記者らから成る別動隊であった。まったく無知であって、それを人に知らせないために、勝者に阿諛《あゆ》し敗者をののしる奴《やつ》らだった。また他の者らは、おのれの主義主張の重みをもち出し、やたらにがなりたてていた。彼らが通ったあとには何物も残らなかった。偉大な批評――虐殺の批評であった。
 クリストフは幸いにも、それらの新聞を読んでいなかった。忠実な四、五の友人は、そのもっとも毒々しいのを注意して送ってくれた。しかし彼はそれをテーブルの上につみ重ねたまま、開こうとも思わなかった。がついに彼の眼は、ある記事の周囲に引かれてる太い赤線に止まった。読んでみると、彼の歌曲《リード》は野獣の唸《うな》り声に似ており、彼の交響曲《シンフォニー》は癲狂院《てんきょういん》から発する趣きがあり、彼の芸術はヒステリー的であり、彼の痙攣《けいれん》的な和声《ハーモニー》は心情の乾燥と思想の空粗とをごまかそうとしたものである、などと書いてあった。その著名な批評家は次のように結んでいた。

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 クラフト氏は近ごろ報道記者として、その文体および趣味に驚くべきものがあることを証明し、音楽界に一大|快哉《かいさい》を叫ばしめた。その時彼は親しく、むしろ作曲に没頭するよう勧告せられた。しかし彼の最近の音楽的創作は、この好意的勧告が誤れることを示した。クラフト氏は断然報道記者となるべきであった。
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 クリストフはそれを読んで、朝じゅう仕事ができなかったが、なおやけに落胆してしまうために、敵意ある他の新聞を捜し始めた。しかしルイザは、「片付ける」という口実のもとに、なんでも散らかってる物をなくなす癖があって、それらの新聞を焼いてしまっていた。彼は初めそれを怒ったが、次には安堵《あんど》した。残ってたその新聞を母に差し出しながら、これも同様に焼いてくれるとよかったと言った。
 彼はさらに痛切な他の侮辱をも受けた。フランクフルトの名ある音楽団へ、四重奏曲《カチュオール》の原稿を一つ送っていたが、それが全員一致でしかもなんらの説明もなしにつき返された。ケルンの管絃楽団が演奏するつもりらしかった序曲は、幾月も待たせた後に、演奏不能のものとして送り返された。また町の管弦楽団からは、さらにひどい目に会わされた。この楽団を指揮していたオイフラート楽長は、かなりりっぱな音楽家であった。しかし多くの管絃楽長と同じく、彼はなんらの精神的好奇心をももってはいなかった。彼はその楽団特有の怠惰さに毒せられていた。――(あるいはむしろ、すてきな健康を得ていた。)――怠惰というのは、すでに著名な作品ならば限りもなくくり返して、真に新しい作品はすべて火のごとく避けることであった。彼は決して飽きることなく、ベートーヴェンやモーツァルトやシューマンなどの大音楽会を催していた。それらの作品においては、耳なれた律動《リズム》の音に身を任せるだけでよかった。それに反して、当代の音楽は彼には堪えがたかった。けれどもそうだとは告白し得ないで、年若い俊才《しゅんさい》をすべて歓迎すると言っていた。実際のところ、古い模型の上にうち立てた作品――五十年も前に新しかった作品の複写めいたもの――をもってゆくと、彼はそれを非常に優遇した。聴衆に演奏して聞かせることを自慢にさえしていた。それで効果を収める慣例も乱さず、聴衆が感動することになってる慣例をも乱さなかった。これに反して、その美しい慣例を破り彼に新たな骨折りをかける恐れのあるものにたいしては、軽侮と憎悪との交った気持を感じた。その改革者が無名の地位から出る機会がない時には、軽侮の方が強かった。改革者に成功の恐れがある時には、憎悪となった――もちろん、彼がすっかり成功してしまうまでの間だったが。
 クリストフはまだ成功してるとは言えなかった。そこまではまだかなり遠かった。それで彼は、オイフラート氏が彼の作を何か演奏したい意向を持ってるということを間接に提議された時非常に驚いた。楽長はブラームスの親しい友であり、彼が批評のうちで非難した他の数人の音楽家の親友であることを、彼はよく知っていただけになおさら、それを期待できる理由が少なかった。しかし彼は人がいいので、自分のいだき得る寛大な感情が敵にもあるこ
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