女からは彼の攻撃を転ぜしむることができると思い込んでいた。――ところがそうはいかない。クリストフは何物にも耳を貸さなかった。なんらの勧告をも顧慮しなかった。そして猛《たけ》り狂ったように攻撃をつづけた。もしそのまま放《ほう》っておいたら、もはやこの地方では生き得られなくなるかもしれなかった。すでに彼らのかわいい女の友だちらは、涙を流して口惜《くや》しがりながら、雑誌社へやって来て苦情をもち込んだ。彼らはあらゆる手段をつくして、クリストフにせめてある批評だけなりと和らげさせようとした。しかしクリストフは少しも調子を変えなかった。彼らは憤った。クリストフも憤った。しかし彼は少しもあらためなかった。ワルトハウスは、自分になんら影響のない友人らの憤激を面白がり、彼らをますます怒らせるためにクリストフの味方をした。万人に向かって頭からぶつかってゆき、なんら退却の道を講ぜず、未来のために隠《かく》れ家《が》を取っておこうとしない、クリストフの勇敢な無法さを、おそらく彼は彼らよりもよく評価し得たのであろう。次にマンハイムは、なんらの私心なしにその騒動を愉快がっていた。几帳面《きちょうめん》な同人どもの中にこの狂人を引き入れたのは、面白い狂言のように思われた。そしクリストフが振り回す拳固《げんこ》をも、また自分にふりかかってくる攻撃をも、斉《ひと》しく腹をかかえて笑っていた。妹の感化を受けて、クリストフにはまさしく足りないところが多少あると信じ始めてはいたものの、そのためにますますクリストフが好ましくなるばかりだった。――(彼は自分が同感をもち得る人々のことを多少|滑稽《こっけい》だと思いたがっていた。)――それで彼はワルトハウスとともに、他人に反対してクリストフを支持しつづけた。
彼はいつもつとめて自分には実際的才能がないと思いたがってはいたが、それでもなお実際的才能が乏しくはなかったので、ちょうどおりよくも、この地方で最も進んだ音楽上の一派の主旨と友の主旨とを結びつけた方が、ずっと有利だろうということを思いついた。
ドイツのたいていの都市にあるように、この町にも一つのワグナー協会があって、保守派に、対抗して新思潮を代表していた。――そしてもとより、ワグナーの光栄が至る所で認められ、彼の作品がドイツのあらゆる歌劇場の上演曲目にのぼせられるに及んでは、彼を擁護しても大なる危険を冒すことにはならなかった。しかし彼の勝利は、自由に承認されたというよりもむしろ、無理|強《じ》いに課せられたものであった。そして多数の者は、心の底では頑固に保守的であって、この町のように、近代の大潮流からやや遠ざかって、古代の評判を誇りとしてる小都市では、ことにそうであった。あらゆる新しきものにたいする、ドイツ民衆に先天的な不信の念、数多の時代によってまだよく咀嚼《そしゃく》されていない何か真実な強健なものにたいする、感受性の一種の怠惰さが、他のどこよりもかかる小都市にいっそうはなはだしかった。その明らかな例としては、ワグナー的精神に鼓吹せられたあらゆる新しい作品が――もうあえて非議できないワグナーの作品は別として――ことごとく冷遇されていた。それゆえワグナー協会がなすべき有益な務めは、芸術の若々しい独創的な力を真面目《まじめ》に擁護することであった。時々それが実際になされていた。そしてブルクナーやフーゴー・ヴォルフは、それらの協会のある物のうちに、自分の最良の味方を見出した。しかしあまりにしばしば、師の利己主義が弟子どもを圧迫していた。バイロイトがただ一人の者を恐ろしく光栄あらしむることにのみ役だったと同じく、バイロイトの分派はそれぞれ小さな教会堂であって、そこで人々は永久に、唯一の神をほめてミサを唱えていた。神聖な教義を文字どおりに遵守《じゅんしゅ》し、顔を塵《ちり》に埋めてひれ伏し、音楽や詩や劇や形而上《けいじじょう》学などというさまざまの見地から唯一の神体を礼拝してる、忠実なる弟子《でし》らにたいして、礼拝堂の側席へはいるのを許すのが、最上のことであった。
この町のワグナー協会の場合も、まさに同じであった。――けれどもこの協会は、種々の行動を取っていた。役にたちそうに思われる有能な青年らを、好んで取り入れようとつとめていた。そして久しい以前から、クリストフに眼をつけていた。ひそかに彼へ意を伝えたこともあった。が彼はそれを念頭にも置かなかった。いかなるものとも結合するの要求を別に感じなかったのである。いかなる必要があって同国人らが皆、いつも羊のように群れを作り、単独では、歌うことも散歩することも飲むことも、何事もなし得ないかの観があるのを、彼は理解できなかった。彼はあらゆる組合主義をきらっていた。しかしいずれかと言えば、他のいかなる組合よりもワグナー協会の方
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