。彼女はそれに気づいていた。しかし彼のうち明け話を求むることもなしかねたし、またどういうふうに求めていいかもわからなかった。思いきってやってみても、彼が胸につかえて言いたくてたまらながってるその思いを、ますます深く秘めさせるばかりだった。
 多くの些細《ささい》なことのために、罪のない癖のために、彼女はまたクリストフをいらだたせて、間をうとくならしていた。人のいいこの老母は少しぼけていた。彼女は近所の噂《うわさ》話をくり返したがった。また保母めいた愛情をもっていて、人を揺籃《ゆりかご》に結びつける子供時代のくだらない事柄を、しきりにもち出した。しかしそれからのがれるには、一人前の男となるには、もう非常に骨を折ってきたではないか。しかるにいまさら、ジュリエットの乳母《うば》のごときが現われてきて、汚ない襁褓《むつき》や、くだらない考えや、また、幼い魂が卑しい物質と息苦しい環境との圧迫に逆らう、あの厄介《やっかい》な時代を、一々述べたてなければならないというのか!
 それらのことの合い間には、彼女はいとやさしい愛情の発作を――あたかも赤ん坊を相手にしてるかのように――示すのであった。彼はそれに心をとらわれて、身をうち任せる――あたかも赤ん坊のように――のほかはなかった。
 最も悪いのは、彼らのように、朝から晩まで始終二人きりで、しかも他人から孤立して、暮らしてゆくことである。二人でいて苦しむ時には、たがいにその苦しみを医することができない時には、それを激烈ならしむるのは必然の勢いである。自分の苦しみの責《せめ》をたがいに転嫁し合い、実際にそうだと信じてしまう。それよりはむしろ一人きりの方がよい。苦しむのは一人きりだから。
 彼ら二人には毎日苦悩の日がつづいた。世間にしばしばあるごとく、偶然の事件が起こって、外見上不幸な――実は巧妙な――方法で、二人がもがいている残忍な不決定な状態を断ち切ってくれなかったならば、彼らは長くそれから脱し得なかったであろう。

 十月のある日曜日だった。午後四時のこと。天気は晴れ晴れとしていた。クリストフは終日室にとじこもって、「自分の憂鬱《ゆううつ》を嘗《な》め」ながら考え込んでいた。
 彼はもう我慢ができなかった。外に出て、歩き回り、精力を費やし、身体を疲らして、もう考えないようになりたくてたまらなかった。
 前日から母との間が気まずかっ
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