もなく一人パリーに残って、ある中学校の寄宿舎にはいってるその若者にたいして、憐《あわ》れみ深い同情の念を示しながら、アントアネットの信頼を得てしまった。アントアネットが外国での就職を甘受したのも、半ばは弟の教育費を補助するためであった。しかし二人の憐れな若者は、たがいに離れて暮らすことができなかった。毎日手紙を書き合った。待ってる手紙が少し遅れても、どちらも病的な心配に駆られた、アントアネットはたえず弟のために心を痛めていた。弟は孤独の悲しさをいつも姉に隠すだけの勇気がなかった。彼の愁訴はいちいちアントアネットの心に、胸が裂かれるような強さで響いた。彼女は弟が苦しんでると考えては心痛し、病気であるがそれを隠してるのだとしばしば想像した。善良なラインハルト夫人は、それらの理由もない危惧《きぐ》について、幾度も親切に彼女をたしなめてやらなければならなかった。そしてしばらくは彼女を安心させることができた。――アントアネットの家庭や身分やまた心底については、夫人は何にも知ることができなかった。ちょっと問いかけられても、その若い女はひどく内気な様子で口をつぐんだ。彼女は教養があった。年齢よりませた経験をもってるらしかった。彼女は素朴《そぼく》であるとともにまた悟ってるらしく、敬虔《けいけん》であるとともにまた非空想的らしかった。この土地の機宜も温情もない家庭にはいっては、幸福でなかった。――どうして彼女がこの地を去ったかを、ラインハルト夫人はよく知っていなかった。人の噂《うわさ》によると不品行をしたそうだった。アンゲリカはそれを少しも信じなかった。それはこの愚かな邪悪な町にふさわしい忌むべき中傷であると、堅く信じ切っていた。しかしいろんな話はあった。だがそんな話なんかはどうでもいいではないか。
「そうですとも。」と首たれてクリストフは言った。
「でもとうとう行ってしまいました。」
「そしてたつ時になんと言いましたか。」
「ああ、その機会がありませんでしたの。」とリーリ・ラインハルトは言った。「ちょうど私はケルンへ二日間行っていました、帰って来ると、……もう遅い!……」と彼女は言葉を途切らしながら、お茶へ入れるシトロンをあまり遅くもって来た女中にあてつけた。
 そして、生粋《きっすい》のドイツ人らが家常茶飯事にまで示す生来の厳格さをもって、彼女は厳《いか》めしく言い添えた。

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