川の向こう側には、瑪瑙《めのう》色に縁取った美しい眼の牝牛《めうし》が、うっとりと夢みていた。一人の金髪の少女が壁の縁に腰掛け、翼をそなえた小さな天使のように目荒な軽い背負い籠《かご》を肩にして、裸の足をぶらつかせ意味のない唄《うた》を歌いながら、やはりうっとりと夢みていた。遠く牧場の中には、一匹の白犬が大きな円を描いて飛び回っていた……。
クリストフは樹《き》によりかかって、春めいた大地をながめかつ聞いていた。それらのものの平和と喜悦とにとらえられた。忘れていたのだ、忘れていたのだ……。にわかに彼は、頬《ほお》をつけていた美しい樹を両腕に抱きしめた。地面に身を投げ出した。草の中に頭を埋めた。彼は激しく笑っていた、幸福に笑っていた。生命のあらゆる美が恵みが魅力が、彼を包み込み浸し込んだ。彼は考えた。「どうして、お前はこんなに美しいのか、そして彼ら――人間――はあんなに醜いのか?」
それはどうでもいいのだ! 彼は生命を愛していた、愛していたのだ。常に生命を愛するだろうということを、何物からも生命を奪われ得ないだろうということを、彼は感じた。彼は夢中になって大地を抱擁した。彼は生命を抱擁していた。
「僕はお前をもっている。お前は僕のものだ。彼らも僕からお前を奪うことはできない。なんとでもするがいい。僕を苦しませるがいい……。苦しむこと、それもやはり生きることだ!」
クリストフはまた勇ましく働きだした。「文士」などとよくも名づけられた奴ども、文飾家、無益な饒舌《じょうぜつ》家、新聞雑誌記者、批評家、芸術上の山師や商売人、それらとはもはやなんらの関係もつけたくなかった。また音楽家らの偏見や嫉妬《しっと》を攻撃して時間をつぶすことは、なおさらしたくなかった。彼らは彼を欲しなかったというのか。――よろしい、もう彼の方でも彼らを欲しなかった。彼はなすべき仕事をもっていた。それをなすことだ。宮廷は彼を解放した。彼はそれを感謝していた。彼は人々の敵意を感謝していた。これから一人静かに働き得るのだった。
ルイザは心から彼に賛成した。彼女はなんらの野心をももっていなかった。クラフト家の気質ではなかった。クリストフの父にも祖父にも似ていなかった。息子のために名誉をも世評をも希望してはいなかった。彼が富裕になり有名になったら、確かに彼女も喜ぶには違いなかった。しかしそれらの利得があま
前へ
次へ
全264ページ中140ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング