屋や板囲いの建築足場などが立ってる荒れ地を横ぎっていった。彼は殺害心を起こしていた。かかる侮辱を自分に加えた男を殺したかった……。がしかし、その男を殺したとて、あれらすべての人々の悪意が少しでも変わるであろうか。彼らの嘲笑《ちょうしょう》がまだ彼の耳には響いていた。彼らはあまりに多勢で、彼はどうともしようがなかった。彼らは彼を辱《はずかし》め押しつぶしてやろうと――他の多くのことにはそれぞれ意見を異にしていながら――皆一致していた。まったく訳のわからないことだった。彼らは彼を憎んでいた。いったい彼は彼ら皆に何をしたのであったか。彼は自分のうちに、美しいものを、人のためになり心を愉快ならしむるものをもっていて、それを語りたく思い、それを他人にも楽しませようと思ったのだ。そしたら彼らも自分と同様に楽しくなるだろうと思っていたのだ。たとい彼らはそれを味わい得なくとも、少なくとも彼の意向には感謝すべきだった。少なくとも、彼らは彼の思い違いの点を親しく注意してやり得るはずだった。しかしそうはしないで、彼の思想をいやに曲解して、それを侮辱し踏みにじり、彼を笑殺せんとして、意地悪い喜びにふけるとは、なんということだろう。彼は激昂《げっこう》のあまり、彼らの憎悪《ぞうお》心をなお誇張して考えていた。それらの凡庸《ぼんよう》な奴らがいだき得ない本気さをも、彼はそこに想像していた。
「俺《おれ》は彼らに何をしたか、」と彼はすすり泣いていた。子供のおり、初めて人間の悪意を知ったあの時のように、彼は息づまる心地がし、もう万事|駄目《だめ》だという気がしていた。
そしてふとあたりをながめ、足下を見ると、水車屋の小川の縁に出て、数年前父がおぼれた場所に来てることを、彼は気づいた。そして自分もおぼれて死にたいという考えがやにわに起こった。彼はすぐさま飛び込もうとした。
しかし、水の静明な瞳《ひとみ》に惑わされてのぞき込んだ時、ごく小さな一匹の小鳥が、そばの木の上で歌いだした――やたらに歌いだした。彼は黙然として耳を澄ました。水がささやいていた。柔らかな風になでられて起伏する、花時の小麦の戦《そよ》ぎが聞こえていた。白楊樹《はくようじゅ》が揺いでいた。路傍の籬《まがき》の向こうには、眼には見えなかったがある庭に蜜蜂《みつばち》の巣があって、その香《かん》ばしい音楽を空気中にみなぎらしていた。小
前へ
次へ
全264ページ中139ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング