ていた。半ば眼瞼《まぶた》を閉じ、うとうとしながら、車室の片隅《かたすみ》によりかかって、彼は自分の眼の上に彼女の眼の接触を感じていた。そしてそれをなおよく感ずるために、あらゆる他の考えは沈黙してしまった。窓ガラスの外側で羽ばたきしてる昆虫《こんちゅう》のように、コリーヌの面影が彼の心の外で飛び回っていたが、彼はそれを心の中にはいらせなかった。
 汽車が向こうに着いて車室から出で、夜のさわやかな空気を吸い寝静まった街路を歩いて、ようやくはっきりした気持になった時、彼はまたコリーヌの面影を見出した。彼女のやさしい様子や卑しい媚《こ》びを思い出すにつれて、喜びといらだちとの交った気持で、その可憐な女優のことを考えては微笑《ほほえ》んだ。
「しようのないフランス人だ!」と彼は低い笑いとともにつぶやきながら、そばに眠っている母が眼を覚《さ》まさないように、そっと着物をぬぎかけた。
 すると先夜|桟敷《ボックス》の中で聞いた一語が、ふと頭に浮かんできた。
「そうでない者もいます。」
 彼は初めてフランスに接触してから、その二重性質の謎《なぞ》をかけられた。しかしあらゆるドイツ人と同じく、彼は謎を解こうとも思わなかった。そして車室の若い女のことを考えながら、平気でくり返した。
「あの女はフランス人らしくない。」
 あたかも、いかなるものがフランス的であり、いかなるものがフランス的でないか、それを説明するのはドイツ人の役目ででもあるかのように。

 フランス人であろうとあるまいと、彼女は彼の心を占めていた。彼は夜中に、切ない気持で眼を覚ました。あの若い女のそばに腰掛に置かれていた鞄《かばん》を、思い出したのだった。そして突然、彼女はまったく立ち去ってしまったのだという考えが頭に浮かんだ。実を言えば、その考えは最初から彼に起こるべきだったが、彼は思いつかなかったのである。彼はひそかな悲しみを感じた。彼は寝床の中で肩をそびやかした。
「それが俺《おれ》になんの関《かか》わりがあろう。」と彼は考えた。「俺の知ったことではない。」
 彼はまた眠りに入った。
 しかし、翌日彼が外に出て最初に出会ったのは、マンハイムだった。マンハイムは彼を「ブリューヘル」と呼び、フランス全体を征服するつもりかと尋ねた。そして彼はこの生きた新聞から、あの桟敷《ボックス》の一件が大成功で、マンハイムの期待以上だ
前へ 次へ
全264ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング