下に、一種の無遠慮な乱暴さでこちらの意中を穿鑿《せんさく》してる、明晰《めいせき》冷静な雄々しい意力を感じた。その乱暴さのうちには、なんらの悪意もなかった。彼女は彼を手中に握っていた。それも、相手構わずにただ誘惑しようとばかりする追従女のやり方でではなかった。追従と言えば、彼女はだれよりも追従的であった。しかし彼女は自分の力を知っていた。その力を働かせることは、自分の自然の本能に任していた――ことに、クリストフのようなたやすい獲物を相手の時にはそうであった。――またいっそう彼女が興味を覚えるのは、自分の敵を知るということだった。(あらゆる男は、あらゆる見知らぬ者は、皆彼女にとっては敵であった――場合によってはあとで同盟の約を結ぶこともあり得る敵であった。)人生は一つの勝負事であって、怜悧《れいり》な者の方が勝ちを占める。要は、自分のカルタ札を見せないで、敵の札を見て取るにあった。それに成功すると、彼女は勝利の快感を味わうのだった。それから利を得るか否かは問題でなかった。慰みのための勝負だった。彼女は知力を非常に好んでいた。しかし、もし気を入るればいかなる学問においても成功するだけの堅固な頭脳を有してるとしても、また、兄よりもすぐれて銀行家ロタール・マンハイムの真の後継者となり得るとしても、抽象的な知力を好んでるのではなかった。生きたる知力の方を、男子にたいして働かし得る知力の方を、彼女は好んでいた。彼女の楽しみとするところは、人の魂を洞察《どうさつ》することであり、その価値を測定することであった。――(この測定に彼女は、マトシスのユダヤの女[#「ユダヤの女」に傍点]が貨幣を測ってるのと、同じくらい細心な注意をこめていた。)――彼女は驚くべき洞察力によって、鎧《よろい》の隙間《すきま》を、魂の秘鑰《ひやく》たる欠点弱点を、たちまちのうちに見出し、秘訣《ひけつ》を握ることを、よく知っていた。これが、他人を征服する彼女の方法であった。しかし彼女は、その勝利に長くかかわってはいなかった。獲物をなんとかしようとはしなかった。好奇心と自負心とが一度満足すれば、彼女はすぐに興味を失って、他のものへと移っていった。そのあらゆる力は、何物をももたらさなかった。かくも生々たるこの魂の中には、死が宿っていた。彼女は自分のうちに、好奇心と倦怠《けんたい》との天才をそなえていた。

 かくて
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