とがなかった。
それで彼にとっては、マンハイム家の晩餐《ばんさん》は、新奇な魅力と禁ぜられた果実の魅力とをそなえていた。その果実を与えてくれるイーヴのせいで、それがいっそう美味になっていた。クリストフはそこにはいって行った瞬間から、ユーディット・マンハイムにばかり見とれていた。彼女は、彼がその時までに知っていたあらゆる女とは、違った種類のものだった。丈夫な骨格にかかわらず多少|痩《や》せ形の高いすらりとした姿、多くはないがしかし房々《ふさふさ》として低く束ねられてる黒髪、それに縁取られてる顔、それに覆《おお》われてる顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》と骨だった金色の額《ひたい》、多少の近視、厚い眼瞼《まぶた》、軽く丸みをもった眼、小鼻の開いたかなり太い鼻、怜悧《れいり》そうにほっそりした頬、重々しい頤《あご》、かなり濃い色艶《いろつや》、そういうものをもってして彼女は、元気なきっぱりした美しい横顔をしていた。正面《まとも》に見れば、その表情は少し曖昧《あいまい》で不定で複雑だった。眼と顔とが不|釣《つ》り合《あ》いだった。彼女のうちには、強健な民族の面影が感ぜられた。そしてこの民族の鋳型《いがた》の中には、あるいはきわめて美しいあるいはきわめて卑俗な無数の不均衡な要素が、雑然と投げ込まれてるのが感ぜられた。彼女の美はとくに、その口と眼とに存していた。口は黙々としており、眼は近視のためにいっそう奥深く見え、青みがかった眼縁のためにいっそう影深く見えていた。
前にいる女の真の魂を、その両眼の潤《うる》んだ熱烈なヴェール越しに読み取り得るには、クリストフはまだ、個人によりもむしろ多く民族に属してるその眼に十分慣れていなかった。その燃えたったしかも陰鬱《いんうつ》な眼の中に彼が見出したものは、イスラエルの民の魂であった。その眼はみずから知らずして、おのれのうちにイスラエルの民の魂をもっていたのである。彼はその中に迷い込んでしまった。彼がこの東方の海上に道を見出し得るようになったのは、ずっと後のことであって、かかる眸《ひとみ》のうちに幾度も道を迷った後にであった。
彼女は彼をながめていた。何物もその視線の清澄さを乱し得るものはなかった。何物もそのキリスト教徒の魂から逃《のが》れ得るものはなさそうだった。彼はそれを感じた。彼はその女らしい眼つきの魅惑の
前へ
次へ
全264ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング