くには、巌《いわお》に打ちつけるその波が、砂上に降る小雨のように響いている。乗船台は水の重みに、きしりうなっている。それをつなぎ止める鎖は、古い鉄|屑《くず》のような音をたてて、伸び縮みしている。河の音が高まって、室の中いっぱいになる。寝台は舟のように思われる。二人は相並んで、眼くらむばかりの流れに運ばれる――空|翔《かけ》る小鳥のように、空虚のうちに浮かびながら。夜はますます闇《やみ》となり、空虚はますますむなしくなる。二人はたがいにますますしかと抱きしめる。アーダは泣き、クリストフは意識を失い、二人とも暗夜の波の下に沈んでゆく……。
夜……死……。何故に蘇《よみがえ》るの要があろう?……
夜明けの光が、ぬれた窓ガラスをかすめる。生命の光が、懶《ものう》い身体の中にまたともってくる。彼は眼を覚《さま》す。アーダの眼が彼を見ている。二人の頭は同じ枕の上にもたれている。二人の腕はからみ合っている。二人の唇《くちびる》は相触れている。全生涯が数分間のうちに過ぎてゆく、太陽と偉大と静安との日々……。
「私はどこにいるのか? そして私は二人なのか? 私はまだ存在しているのか? 私はもはや自
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