彼女はうなずいた。そしてあまりの悲しさに口もきけないで、彼と別れた。
世の中は悪くできてるものだと彼らは考えた。愛する者は愛されない。愛される者は少しも愛しない。愛し愛される者は、いつかは早晩、愛から引離される……。人はみずから苦しむ。人は他人を苦しませる。そして最も不幸なのは、かならずしもみずから苦しんでる者ではない。
クリストフはまた家から逃げ出し始めた。もはや家で暮すことができなかった。窓掛のない窓やむなしい部屋を、正面に見ることができなかった。
彼はさらにひどい苦しみを知った。オイレル老人はすぐに、その一階を人に貸した。ある日クリストフは、ザビーネの室に見知らぬ人々の顔を見た。新しい生活が、消え失せた生活の最後の痕跡《こんせき》をも消滅さしてしまった。
家にとどまってることが彼にはできなくなった。彼は終日外で過した。夜になって何にも見えなくなるころに、ようやく帰って来た。ふたたび彼は野の逍遙《しょうよう》を始めた。そして不可抗の力でベルトルトの農家の方へ引きつけられた。しかし中へははいらなかった。近寄ることもしかねた。遠くからその周囲を回った。農家や平野や川を見おろせ
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