みをもって、聞きづらい細かな事柄をもやたらにもち出して、ザビーネの病気を語り出した時、クリストフはもう我慢ができなかった。(彼は切ない声をたてまいとしてじっと身を堅くしていた。)彼はきっぱりと相手の言葉をさえぎった。
「御免ください。」と彼は氷のような冷淡さで言った。「これで失礼します。」
彼はその外の挨拶《あいさつ》もせずに別れた。
そういう無情な態度に、粉屋は反感を覚えた。彼は妹とクリストフとの間のひそかな愛情を察していないではなかった。そして今クリストフがそういう無関心さを示したのが、彼には奇怪なことに思われた。クリストフは少しも人情のない奴《やつ》だと彼は判断した。
クリストフは居室に逃げ込んだ。胸苦しかった。引越騒ぎのつづいてる間、もう外に出なかった。彼は窓からのぞくまいとみずから誓った。しかしのぞかないではおられなかった。窓掛の後ろの片隅《かたすみ》に隠れて、なつかしい衣類がもち出されるのを見送った。それらがなくなってゆくのを見ると、彼は往来に駆け出そうとし、「いえいえ、私に残していってください、もっていってはいけません」と叫ぼうとした。彼は彼女を全部奪われないために
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