言わなければならなかった。そして元来人がよく、また彼女の苦しみがよくわかっていたから、それらの大事なこわれ物の若干は、彼女がまた取りに来ることのできる日まで保管しておいてやると、約束しなければならなかった。すると彼女はようやく、胸が張り裂けるような思いをしながら、それを手離すことに承知した。
 二人の弟には、前もって引越のことを知らしておいた。しかしエルンストは前日、来られないと言いに来た。ロドルフは午《ひる》ごろちょっと姿を見せただけだった。道具が馬車に積まれるのをながめ、少しばかり世話をやいて、忙しそうに帰って行った。
 一同は泥濘《ねかるみ》の街路を進みだした。ねちねちした舗石の上にすべりがちな馬を、クリストフは手綱でとらえていた。ルイザは息子《むすこ》と並んで歩きながら、彼を雨にあてまいとした。その次には、湿っぽい部屋《へや》の中に身を落ちつける侘《わ》びしい仕事があった。低い空の蒼白《あおじろ》い反映のために、部屋はいっそう陰鬱になっていた。家主一家の者が種々注意してくれなかったら、二人は重くのしかかってくる落胆の情に抵抗することができなかったろう。馬車は帰ってしまい、道具は
前へ 次へ
全295ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング