うもどって来ないのではないかと気をもみ始めた。家の中の物音や、眠ろうとしない小娘の笑声などを、彼は窺《うかが》った。ザビーネが店の入口に現われない前から、その衣《きぬ》ずれの音を聞き分けた。彼女が出て来ると、彼は眼をそらして、いっそう元気な声で母に話しかけた。時とすると、ザビーネからながめられてる気がした。彼の方でもまたそっと流し目に見やった。しかしかつて二人の眼は出会わなかった。
子供が仲介の役を勤めた。彼女は他の子供らとともに往来を走り回った。足の間に顔をつき込んで眠ってるおとなしい犬を、皆でからかっては面白がっていた。犬は赤い眼を少し開いて、しまいには気を悪くしたらしい唸《うな》り声を発した。すると子供らは、怖《こわ》さと面白さとに声をたてながら四方へ逃げ散った。娘は金切声を出して、あたかも追っかけられてるように後ろを見い見い、やさしく笑っていたルイザの膝《ひざ》へ駆け寄ってすがりついた。ルイザは娘を引止めて種々尋ねだした。それからザビーネとの間に話が始った。クリストフは少しも口を出さなかった。彼はザビーネに話しかけなかった。ザビーネも彼に話しかけなかった。暗黙の習慣から、二人
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