まき上って、にこやかな懶《ものう》さに唇をとがらした様子になっていた。下唇は少し厚かった。顔の下部は円形《まるがた》で、フィリッポ・リッピの描いた処女のような、仇気《あどけ》ない真面目《まじめ》さをそなえていた。顔色は少し曇っていた。髪はうすい栗《くり》色で、ごたごたに束ねてあり、後ろの方はもじゃもじゃしていた。身体はきゃしゃで、骨組が細く、動作が手ぬるかった。服装《みなり》には大して気をつけていなかった――胸の開いた上着、不足がちなボタン、すり切れた汚ない靴《くつ》、おさんどんじみた様子――けれど、その若々しい優美さ、物やさしさ、本能的な愛敬、などで人の心をひいていた。店の表に出て涼んでいると、通りかかりの若者らはそれに見とれた。そして彼女は、彼らを少しも気にかけてはいなかったが、見られてることに気付かずにはいなかった。すると彼女の眼は、心寄せて見られてるのを感ずるあらゆる女の眼がするように、感謝と喜びとの色を浮かべた。そしてこう言ってるようだった。
「ありがとうよ!……もっと、もっと、見てちょうだい!……」
 しかし、人に好かれることがうれしかったにせよ、彼女は本来の無精から、少しも好かれようとつとめたことはなかった。
 オイレルにフォーゲルの一家にとっては、彼女はいつも悪口の種であった。彼女のことは万事彼らの気色を害した。彼女の怠惰、家の中の乱雑、服装《みなり》のだらしなさ、彼らの注意にたいする馬鹿ていねいな冷淡さ、たえざる笑顔、夫の死に接しても乱されない晴やかさ、娘の病身、店の不景気、または、いかなることがあっても、その慣れきった習慣を、いつもののらくらさを、少しも変えないでやってゆく日々の生活の、細大ともどもの退屈さ加減――彼女の万事が、彼らの気色を害した。そして最もいけないのは、彼女がそんなふうでいて人に好かれることだった。フォーゲル夫人はそれを彼女に許してやることができなかった。すべて正直な人たちはそうだが、オイレル一家の者が存在の理由としてるところのもの、そしておのれの生活を早くもこの世からの煉獄《れんごく》となしてるところのもの、すなわち強力な伝統、真正な主義、無味乾燥な義務、面白みのない労働、燥急、喧騒《けんそう》、口論、悲嘆、健全な悲観主義、そういうものの上に、実際の行為によって皮肉な拒否を投げかけんがために、ザビーネはことさらにそうしてるのだ
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