地へ帰って来たことがなかった。いつもその不在が次第に長くなっていた。でクリストフはたいへん喜んで彼を呼びかけた。重荷の下に前かがみになってるゴットフリートは、ふり返った。そして大|袈裟《げさ》な身振りをやってるクリストフの姿を見、ある標石の上にすわって、待ち受けた。クリストフは元気な顔つきをし、飛びはねながら近寄っていった。そしてたいへんなつかしい様子を示して叔父の手をうち振った。ゴットフリートは長い間彼を見つめて、それから言った。
「今晩は、メルキオルさん。」
クリストフは叔父が間違えたのだと思った。そして笑いだした。
「かわいそうに耄碌《もうろく》したんだな、」と彼は考えた、「記憶《おぼえ》がないんだな。」
ゴットフリートは実際、老いぼれ萎《しな》び縮みいじけた様子をしていた。かすかな短い小さな息をしていた。クリストフはやたらにしゃべりつづけた。ゴットフリートは梱《こり》をまた肩にかつぎ、黙って歩きだした。身振りをし大声にしゃべりたててるクリストフと、咳《せき》をしながら黙ってるゴットフリートとは、相並んで帰りかけた。そしてクリストフに呼びかけられると、ゴットフリートは彼をやはりメルキオルと呼んだ。こんどはクリストフは尋ねてみた。
「ああ、どうして僕をメルキオルというんです? 僕はクリストフというんですよ。よく知ってるじゃないですか。僕の名を忘れたんですか?」
ゴットフリートは、立止りもせず、彼の方に眼をあげ、彼をながめ、頭を振り、そして冷やかに言った。
「いやメルキオルさんだ。よく見覚えがある。」
クリストフは駭然《がいぜん》として立止った。ゴットフリートはとぼとぼ歩きつづけていた。クリストフは答え返しもせずに、そのあとについていった。彼は酔いもさめてしまった。ある奏楽コーヒー店の戸のそばを通りかかると、入口のガス燈と寂しい舗石との映ってるその曇った板ガラスのところへやって行った。彼はメルキオルの面影を認めた。心転倒して家に帰った。
彼はみずから尋ね、みずから魂を探りながら、その夜を過した。彼は今や了解した。そうだ、自分のうちに芽を出してる本能や悪徳を認めた。彼はそれが恐ろしかった。メルキオルの死体の傍《かたわ》らで通夜《つや》をしたこと、種々誓いをたてたこと、などを考えた。そしてその後の自分の生活を調べてみた。ことごとく誓いにそむいていた。一年この
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