の頂へは他方の道の方が早く着けると言い出した。アーダも同じ意見だった。クリストフはたびたび来て道をよく知っていたので、二人が間違ってると主張した。彼らはどちらも譲らなかった。そしてためしてみようということになった。どちらも自分の方が先に着くと誓った。アーダはエルンストといっしょに出かけた。ミルハはクリストフに従った。彼女は彼の方がほんとうだと信じてるらしいふうをしていた。そして「いつもあれだ」と一言つけ加えた。クリストフは戯れを本気にとっていた。そして負けるのがきらいだったから、足早に、ミルハが困るくらい早く歩き出した。ミルハはちっとも彼ほど急いではいなかった。
「まあそんなに急ぐことはないわ。」と彼女は例の皮肉な落着いた調子で言った。「私たちが先に着くにきまっててよ。」
 彼はある懸念にとらえられた。
「なるほど、」と彼は言った、「少し早く歩きすぎるようだ。冗談じゃない。」
 彼は足をゆるめた。
「だが僕は知ってる、」と彼はつづけて言った、「向うでは確かに、先に着くために駆けてるよ。」
 ミルハは笑い出した。
「いいえ、心配しなくってもいいわ!」
 彼女は彼の腕にぶら下り、彼にしかと寄り添っていた。クリストフより少し背が低いので、歩きながら、その怜悧《れいり》な甘えた眼で彼の方を見上げていた。彼女はまったくきれいで誘惑的だった。彼は彼女を見違えたような気がした。彼女くらい変りやすい者はなかった。普通は少し蒼《あお》ざめた脹《は》れぼったい顔をしていたが、ちょっとした興奮や、楽しい考えや、あるいは人の機嫌《きげん》をとりたい心が起こると、それだけでもう、お婆《ばあ》さんじみた様子がなくなり、頬《ほお》には赤味がさし、眼の下やまわりの眼瞼《まぶた》の皺《しわ》が消え、眼つきに光を帯び、そして顔立ち全体に、アーダの顔に見られないような青春と活気と機知とが浮かんでくるのだった。クリストフはその変化に驚いた。彼は眼をそらした。彼女と二人きりなのが少し不安だった。彼女が煩わしかった。彼は彼女の言ってることには耳を傾けず、返辞をせず、あるいはでたらめの返辞をした。そしてアーダのことだけを考えていた――考えたかった。アーダが先刻見せたやさしい眼のことを思った。恋しさで胸がいっぱいになった。清らかな空に細い小枝を伸してる林の景色がいかに美しいかを、ミルハは彼に見とれさせたがっていた
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