しゃべり女を相手にエルンストが談笑してるのを聞くと、不快になってすぐに振り向いた。彼らが何を言ってるか知りたかった。でも彼らが彼に追いつく時には、もう話はやんでいた。
「みんなでいつも何をたくらんでるんだい?」と彼は尋ねた。
 彼らは冗談を言ってそれに答えた。三人はたがいに諜《しめ》し合していた。

 クリストフはアーダとかなり激しい口論をしたのだった。その日は朝から二人でぶつぶつ言い合っていた。アーダはそういう場合にはいつも、意趣晴しをするためにたまらない厭《いや》なふうを見せつけながら、傲慢《ごうまん》なむっとした様子をするのであったが、その時は珍しくもそうではなかった。こんどに限って彼女は、単にクリストフを無視するようなふうをして、他の二人の連れを相手にいかにも上|機嫌《きげん》に振舞っていた。心ではその諍《いさか》いを別に怒ってもいないかのようだった。
 これに反してクリストフは、非常に仲直りをしたがっていた。かつてないほど熱中しきっていた。恋愛の恩恵にたいする感謝の情、ばかげた口論で時間を浪費した後悔の念――また理由もない懸念、この恋愛も終りに近づいてるという変な気持、そういうものが彼の愛情につけ加わっていた。彼は寂しげにアーダの美しい顔をながめた。アーダは彼の方を少しも見ないようなふうを装って、他の者と笑い戯れていた。その顔は多くのなつかしい思い出を彼のうちに呼び起こさせた。そのあでやかな顔は、時々――(この時もそうだったが)――多くの温良さといかにも純潔な微笑とを浮かべることさえあって、そんな時クリストフは、なぜ二人の間がもっとうまくゆかないのか、なぜ二人は自分たちの幸福を好んで害しているのか、なぜ彼女は輝かしい時間を忘れようとつとめ、自分のうちにもってる善良な正直なものと背馳《はいち》しようとつとめているのか、それを怪しむのであった。――二人の愛情の清らかさを、たとい頭の中においてにしろ、濁らしたりよごしたりして、いかなる不思議な満足を彼女は見出してるのか? クリストフは自分の愛するものを信じたくてたまらなかった。そしてさらにも一度みずから幻を描こうとつとめた。彼は自分の方が正しくないとみずからとがめ、自分に寛大な心が欠けてることを後悔していた。
 彼はアーダに近寄った。話しかけようとつとめた。が彼女はただ二、三言冷やかな言葉を返すきりだった。少しも
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