少なく、成行のままにあきらめ、事変を理解しようともつとめないで、他人を批判し非難することを慎しんでいた。自分にはその権利がないと信じていた。自分をきわめて愚かだと考えて、他人が自分と同じように考えないから間違ってるとは見なさなかった。自分の道徳と信念との一徹な規則を他人にも押しつけようとすることは、彼女には笑うべきことのように思われた。そのうえ、彼女の道徳と信念とは、すべて本能的なものであった。自分一身に関しては敬虔《けいけん》で純潔であった彼女は、ある種の欠点にたいする下層の人々の寛大さをもって、他人の行いには眼をつぶっていた。かつて舅《しゅうと》のジャン・ミシェルが彼女にたいしていだいていた不満の一つも、そういう点にあった。彼女は尊むべき人々とそうでない人々との間に、充分の区別をつけていなかった。相当の婦人なら知らないふりをすべきであるような、付近で評判のあだっぽい娘らにも、往来や市場なんかで、立止って親しく握手をしたり話しかけたりすることを、平気でやっていた。善悪を区別することは、罰したり許したりすることは、これを神にうち任していた。彼女が他人に求めるところは、たがいに生活を気楽ならしむるためにごく必要な、多少のやさしい同情ばかりであった。親切でさえあれば、というのが彼女にとっては肝要なことだった。
 しかしフォーゲル家に住んで以来、彼女は皆から変化されつつあった。当時彼女はがっかりして反抗するだけの力がなかっただけになおさら、一家の誹謗《ひぼう》的な精神は容易に彼女を餌食《えじき》にしてしまった。アマリアが彼女を奪い取った。朝から晩まで、二人いっしょに仕事をし、アマリア一人口をききながら、ずっと差向いでいるうちに、受身で圧倒されがちなルイザは、知らず知らずのうちに、すべてを判断し批評するような習慣になってしまった。フォーゲル夫人はクリストフの行状にたいする自分の考えを、彼女に言わないではおかなかった。ルイザの平気なのが癪《しゃく》にさわっていた。自分たち一家の者が憤慨してる事柄をルイザがいっこう気にも留めないのは、不都合なことだと考えていた。彼女の心をすっかり乱させることができないのを、不満に思っていた。クリストフはそれに気がついた。ルイザは思い切って彼をとがめることができなかった。しかし毎日、小心な不安な執拗《しつよう》な意見がくり返された。彼が苛立《いら
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