彼は初めて、別れていることの恐ろしい苦しみを知った。恋するあらゆる心にとってはたえがたい苦痛である。世の中は空《むな》しく、生活は空しく、すべてが空しい。もはや呼吸もできない。死ぬほどの悩みである。ことに、恋人の身にまつわった具体的な事物がなお周囲に残存している時、周囲の事物がたえず恋人の姿を描き出させる時、いっしょに暮した親しい背景の中に一人残っている時、その同じ場所に消え去った幸福を蘇《よみがえ》らせようとあせる時、それはあたかも、足下に深淵《しんえん》が開けたようなものである。身をかがめて覗《のぞ》き込み、眩暈《めまい》を感じ、まさに落ち込まんとし、そして実際落ち込んでしまう。まのあたり死を見るような心地である。そしてまさしく死を見てるのである。恋人の不在は、死の仮面の一つにすぎない。自分の心の最も大事な部分が消え失《う》せるのを、生きながら見るのである。生命は消えてゆく。真暗《まっくら》な穴である。虚無である。
クリストフはなつかしい場所をいちいち見に行って、なおさら苦しんだ。ケリッヒ夫人は彼に庭の鍵《かぎ》を渡して、留守中にもそこを散歩できるようにしてやった。彼は別れ
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