った。もはや利己心もなく、見栄《みえ》もなく、下心もなかった。魂のあらゆる曇りは、その愛の息吹《いぶ》きに吹き払われてしまった。「愛する、愛する、」――笑みを含み涙に濡れた彼らの眼がそう言っていた。この冷淡な婀娜《あだ》な少女、この傲慢《ごうまん》な少年、彼らはたがいに身をささげ苦しみ、たがいのために死にたいという、欲求に駆られていた。彼らはもはや自分がわからなかった。もはや平素の自分自身ではなかった。すべてが変わっていた。彼らの心も顔立も眼も、痛切な温情と愛情とに輝いていた。純潔の、無我の、絶対的献身の、瞬間であって、もはや生涯にふたたび来ることのない瞬間であった。
夢中のささやきの後、永久にたがいに相手のものであるという熱烈な誓いの後、とりとめもない歓喜の言葉とくちづけの後、彼らはもう遅くなってるのに気づいた。そして手をとり合って駆けもどりながら、狭い小径《こみち》につまずき倒れるのも恐れず、木にぶっつかるのもかまわず、何にも感ぜず、ただ喜びの情に眼眩《めくら》み心酔っていた。
彼女と別れてから、彼は家に帰らなかった。帰っても眠れなかったろう。彼は町の外に出て、野を横切って歩い
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