《ひま》だと、私は言っておいた。その時間には、お前は何も用がないでしょう。」
 クリストフはいたずらに怒りたって、行かないと言い張ったが、しかしもうこうなっては遁《のが》れるわけにはゆかなかった。招待の時間が来ると、顔をしかめながら身支度をした。しかし心の底では、偶然の機会で自分のひねくれた考えを枉《ま》げなければならないのを、別に厭《いや》だとも思ってはいなかった。
 ケリッヒ夫人は、庭の壁の上から髪の乱れた頭をつき出していたあの粗野な少年を、演奏会のピアニストだと難なく見てとった。彼女は近くの人たちに聞きただした。そしてクリストフの健気《けなげ》な苦しい生活を知って、彼に同情を寄せ、彼と話をしてみたい好奇心を起こしたのである。
 クリストフはおかしなフロックを着飾り、田舎《いなか》牧師のような様子になって、ひどくおずおずしながら夫人の家へやって来た。初めて見られたあの日には、夫人たちは自分の顔立を見分けるだけの隙《ひま》をもたなかったろうと、彼はしいて思い込もうとした。足音もしないような絨氈《じゅうたん》をしきつめた長い廊下を通って、ある室の中に召使から案内された。室のガラス戸は庭
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