耘《うな》っていた。クリストフは書物を手にして、青葉|棚《だな》の下にすわっていた。しかし彼はほとんど読んでいなかった。蟋蟀《こおろぎ》の眠くなるような鳴声に耳を貸しながら、夢想に耽《ふけ》っていた。そしてなんの気もなく、祖父の動作を見守っていた。老人はクリストフの方に背中を向けていた。背をかがめて、雑草を取っていた。すると突然、すっくと立上り、両腕を空《くう》に打振り、それから一塊の物質のように、地面へ俯向《うつむ》けにばたりと倒れたのが、クリストフの眼についた。クリストフはちょっと笑いたくなった。ところがなお見ると、老人は身動きもしなかった。彼は呼びかけ、そばに駆けつけ、力の限りゆすぶった。恐ろしくなった。そこにかがんで、地面にぴったりついてるその大きな頭を、両手でもち上げようとした。頭は非常に重かったし、彼はぶるぶる震えていたので、やっとのことで少し動かせるばかりだった。けれども、血のにじんだ真白な引きつけてる眼を見た時、彼は恐ろしさのあまりぞっと寒くなった。鋭い叫び声をたてて頭を取落した。駭然《がいぜん》と立上がって、その場を逃げ、表に駆けだした。叫びまた泣いていた。往来を通りかかった一人の男が、彼を引止めた。彼は口もきけなかった。家の方を指し示した。男は家にはいっていった。彼もその後についていった。近所の人々も、彼の叫び声を聞いてやって来た。間もなく庭は人でいっぱいになった。彼らは花をふみにじり、老人のまわりに頭をつき出して、皆一度に口をきいていた。二、三の人々が老人を地面からもち上げた。クリストフは入口に立止り、壁の方を向き、両手で顔を隠していた。見るのが恐《こわ》かった。しかし見ないでもおれなかった。人々の列がそばを通りかかった時、彼は指の間から、力なくぐったりしてる老人の大きな身体を見た。片方の腕が地面に引きずっていた。頭は運んでる人の膝にくっついて、一足ごとに揺れていた。顔はふくれあがり、泥《どろ》まみれになり、血がにじんで、口を開き、恐ろしい眼をしていた。彼はふたたび喚《わめ》きたて、逃げ出した。何かに追っかけられてるかのように、母の家まで一散に駆けていった。恐ろしい叫び声をあげて、台所に飛び込んだ。ルイザは野菜を清めていた。彼は彼女に飛びつき、自棄《やけ》に抱きしめて、助けに来てくれるようにたのんだ。すすり泣きのために顔がひきつって、口もろくに
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