く早朝から出かけて、ケリッヒ家のまわりを彷徨《さまよ》った。できるだけ早く中にはいって行った。まず眼についたのは、ミンナではなくて、ケリッヒ夫人であった。活動的で早起きの彼女は、ヴェランダの下の植木|鉢《ばち》に水差で水をやっていた。クリストフの姿を見つけると、嘲《あざけ》り気味の叫びをあげた。
「あら、」と彼女は言った、「あなたでしたか!……ちょうどいい時でした、あなたにお話したいことがあります。待ってください、待ってください……。」
彼女はちょっと家の中にはいり、水差を置いて手を拭《ふ》き、またやって来て、不幸の迫ってるのを感じてるクリストフの狼狽《ろうばい》した顔を見ながら、ちょっと微笑を浮かべた。
「庭へまいりましょう、」と彼女は言った、「あちらの方が静かですから。」
自分の愛に満ちている庭の中へと、彼はケリッヒ夫人の後について行った。彼女は少年の当惑を面白がりながら、なかなか急には話そうとしなかった。
「あすこへすわりましょう。」とついに彼女は言った。
出発の前日ミンナが彼に唇を差出したあの腰掛の上に、二人はすわった。
「なんの話だかあなたにはおわかりでしょうね。」とケリッヒ夫人は言いながら、真面目《まじめ》な様子になって、彼をすっかり惑乱さしてしまった。「私は決してそうだとは信じられませんでした、クリストフさん。私はあなたを真面目な人だと思っていました。あなたをすっかり信用していました。それをよいことにして私の娘を引きくずそうとなさろうとは、考えもしませんでした。娘はあなたの保護のもとにありました。あなたは、娘に敬意をもち、私に敬意をもち、あなた自身にたいしても敬意をもたれるはずだったのです。」
その調子には軽い皮肉が交じっていた――ケリッヒ夫人はその子供たちの愛を少しも重大には考えていなかったのである――しかしクリストフはその皮肉を感じなかった。そして何事をも悲痛に解していたように、彼女の非難をも悲痛に解して、心を刺された。
「でも奥さん……でも奥さん……(彼は眼に涙を浮かべて口ごもった)……私はあなたの信用につけこんだのではありません。……どうかそんなことは考えないでください。……私は不正直な者ではありません、誓います。……私はミンナさんを愛しています、心から愛しています。ええ、結婚したいんです。」
ケリッヒ夫人は微笑《ほほえ》んだ。
「い
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