った。数言でクリストフを冷評し去った。彼女は他意あってそうするのではなくて、自分の物を護《まも》りたいという女にありがちな浅はかな性質から、本能的に行なっていたのである。ミンナはそれに逆らい、不平顔をし、粗暴な言葉を使い、母の観察は嘘だと頑固《がんこ》に否定しようとしたが、無駄《むだ》であった。その観察はあまりに確かすぎていた。そしてケリッヒ夫人は、図星をさす残酷な技能をもっていた。クリストフの靴《くつ》の大きいこと、服の醜いこと、埃《ほこり》をよく払ってない帽子、田舎訛《いなかなま》りの発音、可笑《おか》しなお辞儀の仕方、高声の賤《いや》しさ、すべてミンナの自尊心を傷つけるようなことを一つも言い忘れなかった。だがそれは事のついでにもち出される意見にすぎなかった。決して非難の形をとって現われて来はしなかった。ミンナがいらだって、威丈高《いたけだか》に答え返そうとすると、ケリッヒ夫人は事もなげに、もう他のことを言っていた。しかしその刺《とげ》は残っていて、ミンナはそれに傷つけられた。
 ミンナは以前ほど寛大な眼ではクリストフを眺めなくなった。彼はそれを漠然と感じて不安そうに尋ねた。
「どうして私をそんなに見るんです?」
 彼女は答えた。
「なんでもないわ。」
 しかしすぐその後で彼女は、彼がはしゃいでいると、あまり騒々《そうぞう》しく笑うと言ってきびしく非難した。彼は驚いた。笑うのにも彼女に気がねをしなければならないとは思いもよらないことだった。彼の喜びはすべて害された。――あるいはまた、彼がすっかり我を忘れて夢中にしゃべっていると、彼女は他に心を向けてるような様子でその話をやめさせ、彼の服装についてあまりありがたくない注意をしたり、または攻撃的な物知り顔で、彼の下品な言葉使いを指摘したりした。彼はもう口をききたくなく、時には機嫌《きげん》を損ずることもあった。がその次には、自分をいらだたせるそういうやり方も、ミンナが自分に愛情をいだいてる証拠であると思い込むのだった。そして彼女の方でもそう思い込んでいた。彼は殊勝にも彼女の注意に従って欠点を直そうとした。彼女はあまり満足しなかった。なぜなら彼はどうもうまく欠点を直せなかったから。
 しかし彼は彼女のうちに起こってる変化に気づくだけの暇《ひま》がなかった。復活祭が来た。ミンナは母とともに、ワイマールの方の親戚《しんせき
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