した。そしてそばに寄っていった。しかし近寄って眺めてみると、もう笑う気も起こらなかった。メルキオルは腰掛けたまま、両腕をだらりと垂れ、眼を瞬《またた》きながら茫然《ぼうぜん》と前方を見つめていた。顔は真赤であった。口は開いていた。時々馬鹿げた喉声《のどごえ》が口から洩《も》れていた。クリストフはびっくりした。初めは父がふざけてるのだと思った。しかしじっと身動きもしないでいるのを見ると、急に恐しくなった。
「お父さん、お父さん!」と彼は叫んだ。
メルキオルはなお牝鶏《めんどり》のように喉を鳴らしていた。クリストフは自棄《やけ》に彼の腕をとらえ、力の限り揺った。
「お父さん、ねえお父さん、返辞をして! どうぞ。」
メルキオルの身体は、柔い物体のようにゆらゆらして、危く倒れかかった。頭はクリストフの頭の方へ傾いた。そして支離滅裂な腹だちまぎれの声をやたらにたてながら、クリストフを見つめた。その昏迷《こんめい》した眼に自分の眼を見合せると、クリストフは物狂おしい恐怖にとらえられた。彼は室の奥に逃げ出し、寝台の前に膝《ひざ》を折って、夜具の中に顔を埋めた。二人は長い間そのままでいた。メルキオ
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