実に乱暴だ、子供に手を触れてはいけない、怪我《けが》をさしてしまったではないか、と夫に向かって怒鳴った。実際クリストフは少し鼻血を出していた。しかし彼はみずからそれをほとんど気にかけていなかった。そして母はなお叱りつづけていたので、彼女から濡《ね》れた布を手荒く鼻につめてもらっても、別にありがたいとは思わなかった。しまいに彼は薄暗い片隅に押し込まれて、そこに閉じこめられたまま晩飯も与えられなかった。
 二人がたがいに怒鳴り合ってるのを、彼は聞いた。そしてどちらの方が余計憎いか分らなかった。母の方であるような気もした。なぜならそんな意地悪い仕打をかつて母から期待したことがなかったから。その日のあらゆる災害が一度に彼の上に圧倒してきた、彼が受けたすべてのこと、子供らの不正、夫人の不正、両親の不正、それから――よく理解できないがただ生傷のように感ぜられたことであるが――彼があれほど誇りにしていた両親が意地悪い軽蔑《けいべつ》すべき他人の前に頭の上がらないこと。彼が初めて漠然と意識したその卑怯《ひきょう》さは、いかにも賤《いや》しむべきことのように彼には思われた。彼のうちにあるすべては揺り動か
前へ 次へ
全221ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング