っていた。そのために世間からは、クラフト家の者は皆多少狂人じみたところがあると言われた。そしてそんな噂《うわさ》も、初めのうちは別に彼を傷つけはしなかった。そういう風変りの性質こそかえって、彼が天才であることを証するものであると思われた。芸術家には何か独特な点があるものだということは、識者の間に認められてることだから。しかし人々はやがて、かかる突飛な行動の性質に注意を向けてきた。その原因はたいてい酒にあった。バッカスは音楽の神である、とニーチェは言った。メルキオルの本能もそれと同意見であった。しかしこの場合には、彼の神は恩知らずだった。彼に欠けてる思想を与えてくれるどころか、彼がもってるわずかな思想をも奪ってしまった。馬鹿な結婚(世間の者にも馬鹿らしく見えたし、その結果彼にも馬鹿らしく見えた)をしてしまった後、彼はますます自制がなくなった。彼は技能をないがしろにした――わずかの間に自己の優越を失ってしまったほど自惚《うぬぼ》れていたのである。他の名人らがにわかに現われてきて、彼に次いで世間の好評を博した。彼にとっては苦々《にがにが》しいことだった。しかし彼は失敗のあげく、元気を振い起こ
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