! もっと! もっと微笑みかけてくれ! 消え去ってはいけない!――ああ、悲しくもそれは消え失せてしまう。しかし人の心に得もいえぬやさしみを残してくれる。もうつらいことは少しもない、悲しいことは少しもない、もう何もない……。ただ軽やかな夢ばかり、夏の麗わしい日に見られる聖母の糸(空中にかかって浮んでる蜘蛛の糸――訳者)のように太陽の光線の中に漂ってる、朗らかな楽《がく》の音《ね》ばかり……。――では今しがた通り過ぎたのはなんだろう? 胸騒がしい情熱を子供心にしみ込ませるあれらの姿はなんだろう? かつて彼はまだそれらの姿を見たことがなかった。けれども彼はそれらを知っていた。見覚えがあった。それらはどこから来るのか? 「存在」のいかなる薄暗い深淵《しんえん》から来るのか? すでにあったものからなのか、……あるいはやがてあろうとするものからなのか?……
 今や、すべては消え失せ、すべての形は溶け去ってしまう……。最後にも一度、靄《もや》のヴェールを通して、あたかも高くを翔《かけ》ってる時のように、しかも自分の上の方に、満々と湛《たた》えた河が、野を覆いながら、おごそかに流れながら、ゆるやかなほ
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