。――そしてこの食欲は、ブラームスとベートーヴェンとの間に差別もつけないし、または、同じ楽匠の作品でさえあれば、空虚な協奏曲《コンセルト》と感銘深い奏鳴曲《ソナタ》との間に差別も設けない、なぜなら二つとも同じ捏粉《ねりこ》でできてるから。
 クリストフは一同から離れて、ピアノの後ろの自分だけの片隅に隠れていた。そこではだれも彼を邪魔することはできなかった。四つ這《ば》いにならなければはいれなかったから。そこは薄暗かった。そして子供には、身を縮めて床板の上に寝ておれるだけの場所があった。たばこの煙が彼の眼や喉《のど》にはいってきた。また埃《ほこり》もはいった。羊の毛みたいに大きな総《ふさ》をなした埃もあった。しかし彼はそんなものに気を留めなかった。トルコ風に膝頭ですわって、きたない小さな指先でピアノの掛布の穴を広げながら、しかつめらしく耳を傾けていた。彼は演奏される曲をことごとく好きにはなれなかった。けれども一つとして退屈になるものはなかった。彼は決して批評がましい意見をたてようとはしなかった。なぜなら、自分はまだあまり小さすぎると思っていたし、音楽のことは何にも知らないと思っていたから
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