彼を抱きしめた。
「そんなこと言うんじゃありません、言うんじゃありません。」と彼女は言った。
彼女の声は震えていた。彼女の胸に頭をもたしていたクリストフには、その胸の動悸《どうき》が聞こえた。
ちょっと沈黙が落ちてきた。それから彼女は言った。
「もう決してそのことを言ってはいけませんよ……。落ちついてお眠んなさい……。いいえこの寝床ではありません。」
彼女は彼を接吻した。彼女の頬《ほお》が濡れてると彼は思った。濡れてると信じたかった。彼はいくらか心が安らいだ。彼女は悲しんでたのだ! けれども、すぐその後で、彼女がいつものとおりの落付いた声で口をきくのが、隣りの室に聞えた時、彼はまた疑いだした。今と先刻と、どちらがほんとうだろうか?――彼はその答えを見出さないで、長い間床の中で寝返りをうっていた。彼は母親に心を痛めていてもらいたかった。彼女が悲しんでると考えることはもちろん悲しかった。しかしやはり嬉《うれ》しくもあった。それだけ一人ぽっちの感じが薄らぐのだった。――彼は眠っていった。そして翌日になると、もうそのことを考えなかった。
数週間後のことだったが、往来でいっしょに遊ぶ悪戯
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