《けいべつ》してることを、自分をきらってることを。なぜなのか、なぜなのか? 彼にはむしろ死ぬ方が望ましかった!――他人の悪意を初めて見出した子供の苦しみ、それ以上に残忍な苦しみはない。子供は世界じゅうの者から迫害されてるように考える、そして自分を支持してくれるものは何ももたない。もう何もない、もう何もないのだ!……クリストフは起き上がろうとした。男の子は彼をまた押し倒した。女の子は彼を足で蹴《け》った。彼はも一度起き上がろうとした。彼らは二人いっしょに飛びかかって来て、彼の顔を地面に押し伏せながら背中にのしかかった。その時彼は怒りの念にとらえられた。あまりにひどかった! ひりひり痛んでる両手、裂けたりっぱな服――彼にとっての大災難――、恥辱、苦痛、不正にたいする反抗、一度にふりかかって来た多くの不幸が融《と》け合って、物狂おしい憤怒《ふんぬ》に変わった。彼は両膝と両手で四つ這《ば》いになり、犬のように身を揺って、迫害者らをそこに転がした。そして彼らがふたたび襲いかかって来ると、彼は頭を下げて突き進み、女の子の頬《ほお》を殴りつけ、男の子を花壇の中に一撃で打ち倒した。
 激しい悲鳴が起こった。二人の子供は疳《かん》高い泣声をたてて家の中に逃げ込んだ。扉のがたつく音がし、怒った叫び声が聞えた。夫人は長衣の裳裾《もすそ》の許すかぎり早く駆けつけて来た。クリストフは彼女がやって来るのを見たが、逃げようとはしなかった。彼は自分の仕業に慄然《りつぜん》としていた。それはたいへんなことだった、罪であった。しかし彼は少しも後悔はしなかった。彼は待受けた。もう取り返しがつかなかった。それだけに始末もいい! 彼は絶望あるのみだった。
 夫人は彼に飛びかかった。彼は打たれるのを感じた。激しい声でやたらに何か言われてるのを耳に聞いたが、なんのことだか少しも聞き分けられなかった。二人の敵は彼の恥辱を見物しにもどって来て、声の限り怒鳴りたてていた。召使らも来ていた。がやがや騒ぐばかりだった。最後に大打撃としては、ルイザが人に呼ばれてそこに出て来た。そして彼を庇《かば》うどころか、彼女もまた訳も分らない先から彼を打ち始め、謝《あやま》らせようとした。彼は怒って言うことをきかなかった。彼女はますます強く彼を突っつき、手をとらえて夫人と子供たちとの方へ引きずってゆき、その前にひざまずかせようとした。しかし彼は足をふみ鳴らし、わめきたて、母の手に噛《か》みついた。そしてしまいには、笑ってる召使らの間に逃げ込んでしまった。
 彼は胸がいっぱいになり、憤りと打たれた跡とで顔をほてらして、立ち去っていった。何にも考えまいと努めた。往来で泣くのがいやなので足を早めた。涙を流して心を和げるために、どんなにか家に早く帰りたかった。喉《のど》がつまり頭が逆上《のぼ》せていた。彼はわっと泣き出した。
 ついに家へ着いた。黒い古階段を駆け上って、河に臨んだ窓口のいつもの隠れ場所までやっていった。そこで息を切らして身を投げ出した。涙がどっと出て来た。なぜ泣くのか自分でもよくは分らなかった。けれど泣かずにはおられなかった。そして初めの涙がほとんど流れつくしても、なお泣いた。自分とともに他人をも罰せんとするかのように、自分自身を苦しめるために、憤りの念に駆られてやたらに泣きたかったのである。それから彼は考えた、父がやがて帰って来るだろう、母は何もかも言いつけるだろう、災はまだなかなか済みはしないと。どこへでもかまわないから逃げ出してしまって、もう二度と帰っては来まい、と彼は決心した。
 階段を降りかけてるとちょうど、もどってくる父に彼はぶっつかった。
「何をしてるんだ、悪戯《いたずら》児め。どこへ行くんだ?」とメルキオルは尋ねた。
 彼は答えなかった。
「何か馬鹿なことをしたんだな。何をしたんだ?」
 クリストフは強情に黙っていた。
「何をしたんだ?」とメルキオルはくり返した。「返辞をしないか?」
 子供は泣き出した。メルキオルは怒鳴り出した。そしてたがいにますますひどくやってると、ついにルイザが階段を上ってくる急ぎ足の音が聞えた。彼女はまだすっかりあわてきったままもどって来た。そしてまず激しく叱《しか》りつけながら、ふたたび彼を打ち始めた。メルキオルも事情が分るや否や――否おそらく分らないうちから――牛でも殴るような調子でいっしょになって平手打を加えた。二人とも怒鳴りたてていた。子供はわめきたてていた。しまいには彼ら二人で、同じ憤りからたがいに喧嘩《けんか》を始めた。子供を殴りつけながらメルキオルは、子供の方が道理《もっとも》だと言い、金をもってるから何をしてもかまわないと思ってる奴らの家に働きに出かけるからこそ、こんなことになるんだと言った。またルイザは子供を打ちながら、あなたこそ
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