分で取ってしまった。しかしクリストフはもうその手に乗らなかった。彼はそれを自分の皿に入れて、弟のエルンストのために取っておいた。エルンストはいつも貪欲《どんよく》で、食事の初めからその馬鈴薯を横目で窺《うかが》い、しまいにはねだり出した。
「食べないの? そんなら僕におくれよ、ねえ、クリストフ。」
ああいかほどクリストフは、父を憎く思ったことか! 父が自分たちにたいして少しの思いやりもなく、自分たちの分まで食べて知らないでいるのを、いかほど恨めしく思ったことか! 彼は非常に腹が空いていたので、父を憎んだし、そう口に出して言ってやりたいほどだった。しかし彼は高慢にも、みずから自活しないうちはその権利をもたないと考えていた。父が奪い取ったそのパンも、父が稼《かせ》ぎ出したものだった。彼自身はなんの役にもたっていなかった。彼は皆にとっては厄介《やっかい》者だった。口をきく権利はなかった。やがては彼も口をきけるだろう――もしそれまで生きてたら。しかしああ、それ以前にはたとい空腹で死んでも……。
彼は他の子供よりもいっそう強く、そういう残酷な節食に苦しんでいた。彼の強健な胃袋は拷問にかけられたがようだった。時とすると、そのために身体が震え、頭が痛んできた。胸に穴があいて、それがぐるぐる回り、錐《きり》をもみ込むように大きくなっていった。しかし彼は我慢した。母から見られてるのを感じて、平気なふうを装った。ルイザは、その小さな子が他の者に多く食べさせるために、みずから食を節してることに、おぼろげながら気がついて心を痛めた。彼女はその考えをしりぞけたが、しかしいつもまたそこに心がもどってきた。彼女はそれを明らかにすることをなしかねた、ほんとうかどうかとクリスフトに尋ねかねた。なぜなら、もしほんとうにそうだったら、どうしていいか分らなかったから。彼女自身も子供のおりから、食物の欠乏には慣れていた。別に仕方もない場合には、愚痴をこぼしたとてなんになろう。実際のところ彼女は、自分の弱い体質や小食から推して、子供が自分より多く苦しんでるに違いないとは、夢にも思いつかなかった。彼女は彼になんとも言わなかった。しかし一、二度、他の子供たちは往来に、メルキオルは用向に、皆出ていってしまった時、そこに残っていてくれと彼女は長男に頼んで、ちょっと用を手伝わしたことがあった。クリストフは糸の玉を持
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